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鎌倉大仏 かまくらだいぶつ

大辞林 第三版の解説

かまくらだいぶつ【鎌倉大仏】

鎌倉市長谷はせにある浄土宗の寺、高徳院の本尊阿弥陀如来坐像。銅造り。高さ八丈(11.5メートル)。奈良の大仏に次ぐ大きさ。1252年造仏。もと大仏殿があったがしばしば倒壊、1495年津波で流失後露座のまま現在に至る。長谷はせの大仏。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

鎌倉大仏

高徳院の本尊で、正式名称は「銅造阿弥陀如来坐像」。台座を含めた高さは約13・3メートル。仏体の重量は約121トン。鎌倉時代源頼朝侍女といわれる稲多野局が思い立ち、僧の浄光が資金を集めて1238年に木造で着工、大風倒壊したため1252年に現在の青銅製のものを鋳造したと言われる。

(2016-01-13 朝日新聞 夕刊 1総合)

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百科事典マイペディアの解説

鎌倉大仏【かまくらだいぶつ】

鎌倉市長谷(はせ)の高徳院にある阿弥陀如来座像。〈長谷の大仏〉とも呼ばれ,奈良大仏と並び称される。銅造で高さ11.5m。1238年―1247年ごろに僧浄光の発願により木造の大仏が造られ,1252年に現存の大仏の鋳造が始められたらしい。
→関連項目鎌倉[市]大仏

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世界大百科事典 第2版の解説

かまくらだいぶつ【鎌倉大仏】

神奈川県鎌倉市の高徳院(浄土宗)にある大仏。はじめは僧浄光の勧進により幕府の財政的援助と民衆の喜捨を得て1243年(寛元1)に完成した木像の阿弥陀如来であったと伝えられる。現在の国宝金銅阿弥陀如来座像は52年(建長4)に〈金銅八丈の釈迦像〉の鋳造が始められたと《吾妻鏡》に記されているのにあたるといわれる。1495年(明応4)の津波で大仏殿が倒壊してからは露仏となった。1712年(正徳2)に祐天当寺を再興し浄土宗となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鎌倉大仏
かまくらだいぶつ

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世界大百科事典内の鎌倉大仏の言及

【鎌倉時代美術】より

…その本尊の千手観音像と二十八部衆像の一群はまさに一時期を画するものである。このころ鎌倉の地では高徳院阿弥陀如来像(鎌倉大仏)がその巨体を銅鋳されていた。それは時の幕府を中心に庶民の力を集めたものであったろうし,様式的には運慶様を基に新しく直輸入された大陸様式を加えたもので,これもこの期の記念碑的造像である。…

【大仏】より

…1691年(元禄4)に頭部が公慶上人によって鋳造されて,今日に至っている。ほかに,鎌倉高徳院の阿弥陀如来座像(鎌倉大仏)が名高く,《吾妻鏡》は1252年(建長4)の鋳造と伝え,像高は1150cmある。また,大和の飛鳥(あすか)寺の飛鳥大仏は,丈六の銅造釈迦如来座像で,破損ははなはだしく,後年に補修された部分が多いが,なお面相には遠く飛鳥仏の特色がみられ,606年(推古14)仏師鞍作止利(くらつくりのとり)が造って元興(がんごう)寺に安置したという仏像ではないかと考えられている。…

【銅合金】より

…東大寺大仏の創造時と思われる個所の分析結果は,銅93.5%,スズ1.45%,鉛0.57%,ヒ素2.91%となり,上代ではスズ,鉛が少ない。中世の鎌倉大仏は銅68.0%,スズ8.64%,鉛22.0%でスズと鉛が多く含まれている。(2)白銅 銅70~80%にスズ20~30%を混ぜた合金で,青銅より硬くなり,白色をしているところから白銅といわれる。…

※「鎌倉大仏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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