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阿難 あなん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

阿難
あなん

インドの僧。釈尊十大弟子の一人でその従弟。サンスクリット語 Ānandaの音写阿難陀とも書く。出家後,釈尊に常に近侍し,その教説を最もよく記憶していた。釈尊の生前には悟れず,釈尊滅後,大迦葉 (だいかしょう) によって悟った。第1回の経典結集のときには経を口述した。

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百科事典マイペディアの解説

阿難【あなん】

パーリ語Anandaの音写。阿難陀とも。仏陀十大弟子の一人。仏陀のいとこ。出家後直ちにその常随の弟子となったため仏陀の教説をすべて記憶し,多聞第一と称せられる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

阿難
あなん

生没年不詳。仏陀(ぶっだ)(釈迦(しゃか))の十大弟子の一人。パーリ語アーナンダnandaの音写で、正しくは阿難陀(あなんだ)と写す。歓喜、慶喜と訳す。仏陀の従弟(いとこ)といわれる。出家後、晩年の仏陀に侍者として25年間仕え、仏陀の説法を聞くことが仏弟子中もっとも多く、「多聞(たもん)第一」といわれる。記憶力抜群で、数千語に及ぶ仏陀の説法を一語も間違えずに復誦(ふくしょう)することができた。原始仏教教団では初め女性を入団させなかったが、仏陀の養母らの切なる願いと、阿難の取りなしにより、比丘尼(びくに)の教団が認められるに至った。阿難は、仏陀に近侍すること長きにわたったが、仏陀の生前にはついに悟りを得ることができなかった。しかし仏陀入滅後、マガダ国のラージャグリハで行われた第1回結集(けつじゅう)において悟りを開き、経蔵をまとめるのに貢献した。仏教経典には、仏陀と阿難の対話形式によるものが多い。[高橋 壯]

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世界大百科事典内の阿難の言及

【十大弟子】より

…釈迦のいとこ。阿難とともに出家した。仏の前で居眠りして叱責をうけ,眠らぬ誓いをたて,視力を失ったがそのためかえって真理を見る眼をえた。…

※「阿難」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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