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陳嘉庚 ちんかこうChen Jia-geng

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

陳嘉庚
ちんかこう
Chen Jia-geng

[生]同治13(1874).福建,集美
[没]1961.8. 北京
中国の政治家,実業家。シンガポール華僑の大立者。シンガポールで長くゴム園を経営するかたわら,教育事業にも関心を寄せ,1912年以来,私費を投じて郷里集美に,中学校,師範学校など各種の学校を建てて集美学村に発展させ,21年には厦門大学を設立した。第2次世界大戦中は南方華僑の抗日救国運動の中心的人物として,抗日宣伝や日貨排斥義勇軍の組織などに奔走した。 40年延安で毛沢東朱徳と会見してから中国共産党の支持者となり,人民共和国成立ののち全国人民代表大会常務委員会常務委員,政治協商会議副主席など各種要職についた。

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百科事典マイペディアの解説

陳嘉庚【ちんかこう】

中国,華僑(かきょう)出身の政治家。福建省の人。マレーでゴム栽培に成功した南洋華僑の巨頭孫文を支援し,厦門大学創設など教育事業にも貢献。内戦中蒋介石に反対する。

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世界大百科事典 第2版の解説

ちんかこう【陳嘉庚 Chén Jiā gēng】

1874‐1961
南洋華僑の実業家。福建省厦門(アモイ)市の人。17歳のときマラヤに渡り,父の米穀店で働き,やがてゴム栽培事業で成功した。1910年シンガポールで同盟会に参加,孫文を支援し,その後は郷里に多くの学校を創設,21年には厦門大学を設立した。抗日支援でも活躍し,49年帰国,人民政治協商会議に参加した。解放後は全国人民代表大会常務委員など要職を歴任,61年8月12日北京で病死。著書に《南僑回憶録》(1946)がある。

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世界大百科事典内の陳嘉庚の言及

【移民】より

…彼らは東南アジアのゴム・砂糖のプランテーション,スズ鉱山,新大陸の金山で働き,大陸横断鉄道やパナマ運河を建設した。劣悪な労働条件と不当な差別を克服させたのは,彼らの勤勉と団結であり,祖国の富強への関心は,あるいは孫文ら革命派への援助となり(〈華僑は革命の母〉),あるいは陳嘉庚(ちんかこう)(シンガポールのゴム王。1874‐1961)の大学建設(厦門(アモイ)大学,1921創立。…

※「陳嘉庚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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