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陽光院 ようこういん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

陽光院 ようこういん

1552-1586 戦国-織豊時代の追尊天皇。
正親町(おおぎまち)天皇の第1皇子。死後,子の後陽成(ごようぜい)天皇により太上天皇の尊号を贈られ,陽光太上天皇,陽光院と称される。墓所は月輪陵(つきのわのみささぎ)(京都市東山区)。⇒誠仁(さねひと)親王

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の陽光院の言及

【誠仁親王】より

…幼少より皇儲と定められ,1586年には受禅が内定したが,事の行われるのに先立ち病により没した。のち太上天皇を追贈され,院号にちなんで陽光太上天皇,陽光院という。なお織田信長の猶子となり,また本能寺の変には居所二条殿が襲撃されたが,危うく難を免れた。…

【上皇】より

…大宝令制定以後は,譲位した天皇は自動的に太上天皇と称され,持統より平城まで7人の上皇が出現したが,823年(弘仁14)嵯峨天皇が譲位に当たり太上天皇の尊号を辞退したため,淳和天皇が詔して尊号をたてまつり,以後これが常例となり,譲位後数日ないし十数日の間に新帝から尊号をたてまつる詔を発する儀制が成立し,嵯峨より江戸末期の光格まで,北朝の上皇を含めて53人の上皇が尊号をうけた。そのほか,皇位につかずして太上天皇の尊号をうけた例に,後堀河天皇の父守貞親王(後高倉院)と後花園天皇の父貞成親王(後崇光院)があり,没後に尊号を追贈された例に,後陽成天皇の父誠仁親王(陽光院)と光格天皇の父典仁親王(慶光天皇)がある。太上天皇の異称には,上記の略称のほか,〈おりゐのみかど〉〈もとのうへ〉〈むなしきふね〉などの和風のものもあり,みな譲位の意による称で,〈むなしきふね〉は中国に出典のある〈虚舟〉の和訓である。…

※「陽光院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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