頼円(読み)らいえん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「頼円」の解説

頼円(4) らいえん

1214-? 鎌倉時代の僧。
建保(けんぽ)2年生まれ。広橋頼資(よりすけ)の子。法相(ほっそう)宗。奈良興福寺で叔父良兼にまなぶ。13歳で最勝会(さいしょうえ)の講師をつとめる。文永3年(1266)興福寺別当。のち同寺東光院にうつった。

頼円(3) らいえん

?-? 鎌倉時代の絵仏師
永仁(えいにん)2年(1294)「華厳海会善知識曼荼羅(まんだら)図」(東大寺)をえがき,備中(びっちゅう)法橋と称した(裏書修理銘)。

頼円(1) らいえん

?-? 平安時代後期の絵仏師。
保延(ほうえん)2年(1136)大和(奈良県)内山永久寺真言堂の両界曼荼羅(まんだら)のうち金剛(こんごう)界曼荼羅をえがいた。

頼円(2) らいえん

?-? 平安後期-鎌倉時代の絵仏師。
頼源の長男。寿永2年(1183)法橋(ほっきょう)にのぼった。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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