日本へ臨済宗を伝えた栄西が,喫茶と喫桑の薬効を説き勧めた書。そのため室町時代には一時《茶桑経》と呼ばれたこともあった。日本最古の茶の本として古来有名である。上・下2巻から成る。〈茶は末代養生の仙薬,人倫延齢の妙術〉(原漢文)という序文にはじまり,茶の生理学的薬効を説く〈五臓和合門〉(上巻)と鬼魅を駆除する桑の病理学的薬効を説く〈遣除鬼魅門〉(下巻)とに分けて記されている。本書は1211年(建暦1)の初治本と1214年(建保2)の再治本の2度にわたって成立している。1214年2月,将軍源実朝が宿酔(ふつかよい)に苦しんでいるとき茶一服をささげ,同時に《茶徳を誉むる所の書》を献じたと《吾妻鏡》にみえるが,これが《喫茶養生記》のことだと考えられて有名になった。江戸時代に入ると京都建仁寺の両足院の蔵板にもみられるようにたびたび版行が繰り返され,広く流布した。
執筆者:筒井 紘一
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喫茶の薬効を説いた書。上下2巻。茶書としてはわが国最古のもの。著者は建仁寺(けんにんじ)開山栄西(えいさい)禅師。初治本は1211年(建暦1)、再治本は1214年(建保2)に成立。上巻には茶の生理学的効能を説く「五臓和合門」を叙し、下巻には鬼魅(きみ)を駆逐する桑の病理学的効能を説く「遣除鬼魅門」を叙す。茶と桑の薬用効能をあわせ説いたところから、室町時代には「茶桑経(ちゃそうきょう)」ともよばれ、それはおりしも茶の湯成立期にあたり、本書が茶書として関心をもたれたことを例証して興味深い。なお1214年2月、将軍源実朝(さねとも)が二日酔いで苦しんだとき、茶一服とともに「茶徳を誉める書物」としてこの書が献じられた条が『吾妻鏡(あづまかがみ)』にみえる。
[筒井紘一]
諸病発生の要因と茶の薬効を説いた書。2巻。栄西著。1211年(建暦元)祖稿,14年(建保2)修訂再編,源実朝に献上された。第1「五臓和合門」,第2「遣除鬼魅門」がそれぞれ上巻,下巻をなす。「五臓和合門」では,五臓を五行に配当し,心臓は苦味を好むので,茶の苦味によって心臓の病を治し,五臓が調和すると説く。ついで養生のため,茶の名称・樹形・効能・採茶時期・製法を説明。「遣除鬼魅門」では,「大元帥大将儀軌(ぎき)秘抄」を引き,その心呪(しんじゅ)・念誦(ねんじゅ)が末世の病を退散させると説く。飲水・中風・不食・瘡病・脚気(かっけ)からなる病の5種相の原因とその治療法,とくに病のもととなる冷気に効く桑粥について詳述。「群書類従」「仏教全書」所収。
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…栄西は中国から禅宗をもたらしたが,同時に健康保命のために茶の飲用をすすめたことでも有名である。彼の著書《喫茶養生記》は,中国やインド医学の説を引用しつつも,著者独自の見解を提出した,最初の日本医学書といわれる。梶原性全は,和文で書かれた最初の医書《頓医抄》50巻(1303)と,《万安方》62巻(1315)の著者として知られている。…
…この傾向は武家が政権をとった鎌倉期以降,一段と顕著になった。良観房忍性が救癩活動を行い,《喫茶養生記》を著して飲茶の効用を説いた栄西は,当代の養生観を一変させ,武家出身の僧医梶原性全(浄観房)にいたっては,仏教的医療精神をもととしながらも,既成の隋・唐医学に宋医方を加え,実際的な独自の経験医方を確立した。(2)実証医学の展開期 南北朝期以降になると,争乱を反映して,僧医や武士たちが実用本位の医療を行うようになった。…
…臨済禅は,唐末の禅僧,臨済義玄(?‐866)を宗祖とし,その言行を集める《臨済録》をよりどころとするが,日本臨済禅はむしろ宋代の楊岐派による再編のあとをうけ,とくに公案とよばれる禅問答の参究を修行方法とするので,おのずから中国の文学や風俗習慣に親しむ傾向にあり,これが日本独自の禅文化を生むことになり,五山文学とよばれるはばひろい中国学や,禅院の建築,庭園の造型をはじめ,水墨,絵画,墨跡,工芸の生産のほか,それらを使用する日常生活の特殊な儀礼を生む。栄西が宋より茶を伝え,《喫茶養生記》を著して,その医薬としての効果を説いたことも,後になると茶道の祖としての評価を高めることとなる。臨済禅の伝来は,そうした中国近代文明の持続的な日本への伝来とともにあり,これを集大成するのが,黄檗山の開創である。…
… こうした類書は日本にもいち早く将来されて,日本の学術文化に与えた影響は大きい。例えば亮阿闍梨兼意の《宝要抄》《香要抄》《薬種抄》《穀類抄》は,《修文殿御覧》から,栄西の《喫茶養生記》は《太平御覧》から孫引きすることによって編まれたのであり,《秘府略》も今日では逸書となった《文思博要》を藍本としていると考えられる。さらにいえば,《太平御覧》は,藤原道長が日課として読んだ書であったし,平清盛は《太平御覧》を独占的に輸入して,これを皇族や高僧に寄贈することによって影響力を強めたといわれる。…
※「喫茶養生記」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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