改訂新版 世界大百科事典 「風胴」の意味・わかりやすい解説
風胴 (ふうどう)
wind tunnel
人工的に一様な気流をつくり,その中に置いた物体(主として模型)に働く力やモーメント,あるいはそのまわりの圧力分布や風速分布を測定したり,流れの状態を可視化して調べたりするための装置。もともと航空機の空気力学的研究の実験装置として発達したものであるが,自動車や鉄道車両の空気抵抗の測定のほか,橋梁,鉄塔,煙突,あるいは高層ビルなどの風に対する強度を調べるためにも用いられてきた。つり橋や鉄塔,煙突は風下側に流出する渦のために振動が起こり,破壊する事故が多かった。高層ビルの場合は,ビル自体に働く力のほかに,その周囲に起こる風害の予想に使われる。風胴は気象に関する問題に対しても使用される。山や丘,断崖を過ぎる気流は大気中に波動や回転する流れを生ずる。これは航空機の飛行にとっても重要な問題である。富士山の模型を使った風胴実験で乱気流の発生状態が調べられたことがある。また,湖水からの蒸発による水の移動,土や砂,雪の風による運搬,さらにばい煙による大気の汚染を調べるために使われることもある。
世界最初の風胴は,1871年イギリスのF.ウェンアムによってつくられたが,その有用性が明らかになると,フランス,ドイツ,ロシアなど各国で次々に風胴が建設された。ライト兄弟も飛行機の製作にあたって,ガソリンエンジンでファンを回す簡易な風胴で翼型の実験を行っている。
種類
風胴は構造,性能,用途などの面からいろいろに分類される。まず,気流のマッハ数(気流の速度をその気体の音速で割った値)Mによって,低速風胴(M0.5以下),高速亜音速風胴(M0.5~0.8),遷音速風胴(M0.8~1.2),超音速風胴(M1.2~5),極超音速風胴(M5以上)に分けられる。低速風胴や高速亜音速風胴では送風機を連続的に運転して気流をつくるが,超音速以上の風胴では貯気槽に充てんした高圧空気を放出して気流をつくるものが多い。前者を連続式風胴,後者を間欠式風胴という。連続式風胴は,気流が閉じた回路を循環する回流式と気流が循環しない吹抜け式に分けられる。1903年イギリスの国立物理学研究所がつくったNPL型風胴や,09年フランスのG.エッフェルによって考案されたエッフェル型風胴など,初期の風胴は吹抜け式で,戸外から空気を取り入れ戸外に放出した。この形式の欠点は戸外の大気の状態が直接,実験に影響することで,現在では17年にドイツのゲッティンゲン大学でつくられた回流式のゲッティンゲン型風胴が多く使われている。
流れの状態を可視化して観察するには煙風胴が使われる。これは測定部の少し上流に多数の細管を気流に平行に並べ,そこから噴出する煙の筋で模型のまわりの流線を見ようとするものである。超音速流では空気密度の変化による光の屈折現象を利用して,模型から発生する衝撃波や膨張波を可視化するシュリーレン法が用いられる。このほか,風胴には後述の実物風胴,高圧風胴をはじめ,角度が自由に変えられる気流によって飛行機(模型)の安定性を調べる自由飛行風胴,下方から上に吹き上げる気流によってきりもみ特性を調べる垂直風胴,フラッター特性を調べるためのフラッター風胴,高々度での空気力学的特性を調べるための希薄気体風胴など使用目的に応じてさまざまのものがある。
風胴による測定と相似則
風胴の特性として重要なことは,一部の特殊なものを除いて,測定部において乱れの少ない一様な流れが得られることである。このため測定部の上流には整流器や絞りノズルが設けられる。整流器は格子や何層かの金網を配したもので,渦を取り除き,流れを平行かつ一様にする。絞りノズルは流速を増して,さらに流れの一様性を高める。
風胴では気流の中に模型が支柱や張線で支えられ,流れに対する模型の傾きは自由に変えることができる。模型に働く力やモーメントは支持装置を通して測定される。このように模型を支持するとともに模型に働く力などを測定する装置を風胴てんびんという。風胴で用いられる模型の大きさは航空機の場合1/2から1/30の縮尺で,木でつくられる。橋梁や建物,煙突などではさらに縮小した模型となる。超音速の場合は,高い精度と強度が要求されるので鋼鉄でつくられることが多い。
模型まわりの流れの状態が実物と同じになり,また模型に働く力やモーメントの値から実物に働く力やモーメントの値が求められるためには,二つの無次元数,レーノルズ数とマッハ数が模型の場合と実物の場合とで同じでなければならない。これを相似則というが,それは幾何学的な相似が力学的な相似になる条件である。実際にはレーノルズ数とマッハ数の両方を同時に一致させることは不可能なので,ふつう亜音速では前者を,超音速では後者を合わせる。レーノルズ数Rは,流れに関与する物体の代表長さ(飛行機の場合なら翼幅)をL,流れの速度をV,空気の密度をρ,気体の粘性率をμとして,R=LV/(μ/ρ)で表されるから,実物と模型のレーノルズ数を同じにすることは,空気の密度および粘性率が同じであるとすれば,L×Vを同じにすることになる。しかし模型の寸法の縮小に見合うように速度を増すと,マッハ数が1に近づくにつれて圧縮性の影響が入ってきてしまい,相似則が成り立たなくなる。結局,実物あるいは実物に近い大きさの模型を使って,実際に近い風速で実験しないかぎりレーノルズ数を合わせることは不可能となる。このため大きな実物風胴が少数ながらつくられた。例えば,アメリカのNACA(現在のNASA(ナサ))のエームズ研究所には縦12m,横24mの楕円形吹出口をもち,最大風速100m/s,電動機出力3万6000馬力という巨大な風胴がつくられ,フランスではパリ郊外に縦8m,横16mの楕円形吹出口で,最大風速45m/s,6000馬力のものがつくられた。
これに対し,風胴の巨大化を克服するために,風胴中の空気を高圧に加圧して密度を増すことによってレーノルズ数を一致させる方法がある。このような風胴は高圧風胴,または変圧風胴と呼ばれる。1920年にNACAがつくった高圧風胴は圧力が21気圧まで高められ,吹出口の直径は1.5m,最大風速40m/s,200馬力である。
遷音速風胴では模型から流れにほぼ垂直な衝撃波が発生するので特別なくふうが必要で,測定部の内壁を多数の穴,またはスリットのあるものにする。これによって流れの閉塞が避けられると同時に,壁面での衝撃波の反射による流れのパターンの変化や模型の表面の圧力分布の変化を防ぐことができる。
超音速風胴では音速以上の風速を得るために,流れを絞って音速まで加速し,これを再び広げてさらに加速させるノズルが必要である。このノズルをラバル管,または収れん-発散ノズルという。測定部におけるマッハ数は測定部とノズルのスロート部(最小断面積の部分)の断面積比で決まり,小型の風胴では断面積比の異なるノズルの交換でマッハ数を変える。大型の風胴ではノズルの形状を油圧装置で変化させ,風胴の運転中においてもある範囲内で連続的にマッハ数を変えることができる。
極超音速風胴では測定部における気流の温度の低下が著しいので,液化を防ぐために空気はノズルに入る前に予熱器を通して加熱される。マッハ数が数十という非常に大きい場合には,空気の代わりに液化温度の低いヘリウムが使用される。極超音速飛行で実用上問題となるのは空力加熱であるが,予熱器を使っても実際の空力加熱を研究する目的に合う実験を行うことはいろいろな意味でむずかしい。
なお,最近のコンピューターの発達から予測すると,将来,コンピューターが風胴に取って代わるかも知れない。すなわち,今日,計算機実験と呼ばれるものが実用化されると,飛行機の設計者は図面から直ちにその飛行機の空力特性を得ることができる。その可否については専門家の間で興味ある論争が続いている。
執筆者:牧野 光雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報