空力加熱(読み)くうりきかねつ

精選版 日本国語大辞典 「空力加熱」の意味・読み・例文・類語

くうりき‐かねつ【空力加熱】

〘名〙 超高速で空中飛行する機体に触れる空気が、摩擦圧縮作用によって高熱を発し、機体表面を加熱する現象。

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デジタル大辞泉 「空力加熱」の意味・読み・例文・類語

くうりき‐かねつ【空力加熱】

航空機宇宙船などの飛行物体が空気中を高速運動するとき、空気が圧縮されて温度が上昇し、物体表面を加熱する現象。速度が超音速になると温度上昇が顕著になり、表面温度はマッハ数の2乗に比例する。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「空力加熱」の意味・わかりやすい解説

空力加熱
くうりきかねつ

空気中を高速度で飛行すると、空気によって機体が加熱される現象。航空機、ロケット、宇宙船などの飛翔(ひしょう)体が、空気中を高速度(極超音速=音の速さの6倍、マッハ6以上の速度)で運動するとき、飛翔体の前端(胴体や翼など)のよどみ点付近における断熱圧縮と、境界層内部における粘性摩擦とによって、飛翔体の構造の温度が上昇する。こうした空力加熱による材料の強度低下で、飛翔体の構造に及ぼす影響は超高速飛行に対する重大な障害となっている。高速飛行に対して、かつては音速突破時の衝撃波による障害(抵抗増大や振動の発生)を「音の障壁」とよんでいたのと同様、極超音速飛行時では空力加熱を「熱の障壁」といっている。

 飛翔体前端部の空力加熱による温度上昇は次の式で求めることができる(表面の摩擦による温度上昇は除く)。

  ΔT=(T0+273)×0.2M2
ΔTは空力加熱による温度上昇、T0は大気温度、Mはマッハ数である。

 この式によると、マッハ2.0でも約180℃となるから、成層圏地表より1万メートル以上の高空で、気温はマイナス57℃)では先端部での空気温度は100℃を超すことになる。またスペースシャトル大気圏に再突入するときの速度はマッハ7.0程度になる。スペースシャトルでは、大気圏突入後の温度は、機体の先端部(機首、主翼の前縁部、垂直尾翼の前縁部)で1410~1440℃になる。そのためこの部分は1648℃(3000)に耐えられるタイル材(シリカ材)が貼(は)ってある。ただし、その他の部分は649℃(1200)および1260℃(2300)までの耐熱タイルを使い分けている。タイルは機体表面では90%に貼られており、その数は3万4000枚に達する。

[落合一夫]

『飯田誠一著『飛ぶ――そのしくみと流体力学』(1994・オーム社)』『久保田浪之介著『超音速の流れ学』(2003・山海堂)』

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改訂新版 世界大百科事典 「空力加熱」の意味・わかりやすい解説

空力加熱 (くうりきかねつ)
aerodynamic heating

飛行物体が空気中を高速で進行するときに,周囲の空気が圧縮されて温度が上昇する現象。隕石が流星となったり,宇宙船が大気圏に再突入するときに高温にさらされるのはこの現象によるものである。自転車のタイヤに空気を入れようとして,ポンプを繰り返し押すとポンプが熱くなってくるように,気体には,水などの液体と違って,圧力を加えると体積が小さくなり,それに伴って温度が上昇するという性質がある。飛行物体が空気中を進行すると周囲の空気の圧力が変化して圧縮が起きるが,圧縮の程度は飛行体の速度が音の速さ(圧力の変化が空気の中を伝わる速度)に比べて大きくなると急激に大きくなる。空力加熱による温度上昇は,マッハ数(音速との比,Mで表す)で表した飛行体の速度の2乗に比例し,M0.1の速度では約0.5℃に過ぎないが,M2で約200℃,M2.5では約340℃にも達する(外気温0℃の場合)。このため,M2で飛行するコンコルドでは,機体をアルミニウム合金で作っても大きな問題はないが,M3以上で飛ぶ飛行機では耐熱性のあるチタン合金などの特殊な材料を用いなければならない(航空機材料)。このように空力加熱による温度上昇は,飛行機の速度向上に対する障害であることから,熱の壁heat barrierということがある。一方,宇宙船の場合,大気圏に再突入する際の速度は非常に大きく,例えばアポロ宇宙船はM37で大気圏に再突入したので,その前面は5000~6000℃にもなった。アポロ宇宙船をはじめとする初期の宇宙船は,機体表面に塗布した耐熱樹脂が昇華する際の昇華熱を利用して冷却を行っていた(アブレーション方式)。再利用を目的としたスペースシャトルは再突入時の速度を低くする努力をしている(M25程度)が,それでも機首や主翼の下面は広範囲にわたって1000℃以上になり,全面をセラミックの耐熱タイルでおおって空力加熱に対処している。なお,空気と飛行体との摩擦による発熱は,空力加熱に比べると,非常に微々たるものである。
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百科事典マイペディア 「空力加熱」の意味・わかりやすい解説

空力加熱【くうりきかねつ】

飛行物体が空気中を高速で運動するときに,周囲の空気が圧縮されて温度が上昇すること。温度上昇はマッハ数の2乗に比例し,マッハ2では約200℃,マッハ2.5では340℃に達する。したがって大きなマッハ数(おおむねマッハ3以上)で飛ぶ飛行機では,チタン合金,ステンレス鋼など耐熱性にすぐれた材料を用いなければならない。空力加熱による温度上昇は飛行速度に対する障害であることから,〈熱の壁〉ともいう。宇宙船の地球への帰還に際しても熱の壁は存在し,スペースシャトルのオービター(軌道機)の機首部から底部にかけての外壁にはニューセラミックス系の耐熱材料が用いられた。→耐熱合金
→関連項目超音速気流

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「空力加熱」の意味・わかりやすい解説

空力加熱
くうりきかねつ
aerodynamic heating

航空機,ロケット,宇宙船などが,大気中を超音速で飛行するとき,その構造の先端のよどみ点付近で空気の圧縮および粘性摩擦によって発生する熱のため加熱されて温度上昇を生ずる現象。このために生ずる高温がその構造の強度などに及ぼす影響は超音速および極超音速飛行に対する重大な障害で,「熱の壁」ともいわれている。

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世界大百科事典(旧版)内の空力加熱の言及

【高速気流】より

…流れの速度が低く亜音速の場合はあまり問題にならないが,超音速でマッハ数が大きくなると非常に大きな温度上昇を起こし,物体が加熱されることがある。この現象を空力加熱という。生ずる温度上昇はマッハ数の2乗に比例して増加し,例えば,成層圏を飛行する場合,マッハ2で約100℃,マッハ3では約300℃になる。…

【大気圏再突入】より

…単に再突入reentryという場合も多い。再突入過程は,非常に大きな速度で落下していく機体に対して大気層をクッションとして利用し,無事に地表面などに到達,帰還させるものであるが,同時に空力加熱や高減速度といった問題も含んでおり,その対策はつねに重要な課題の一つとなっている。 突入中の経路は,機体の揚力の有無によって揚力軌道と弾道軌道に大別される。…

【超音速飛行】より

…実用的な超音速機は,53年のノースアメリカンF100の出現まで,さらに6年を要した。
[熱の壁]
 音速を超えた高速飛行にとって,次の問題は,空力加熱による機体の表面の温度上昇である。空力加熱による温度上昇⊿T℃は,大気の温度をT0℃,マッハ数をMとして,⊿T=(T0+273)×0.2M2で表される。…

※「空力加熱」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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