改訂新版 世界大百科事典 「つり橋」の意味・わかりやすい解説
つり橋 (つりばし)
suspension bridge
空間に張り渡したケーブルに沿って橋床をつるした橋。おそらく原始人類が自然のツタなどを用いて川を渡ったのがつり橋の起源と考えられ,しだいにこれにくふうが加えられていったのであろう。今でもインド,ニューギニアの奥地などにその流れをくむものが見られる。中国では,千数百年も前にすでに鉄線ケーブルが使われたといわれる。いずれにせよ,これら原始的つり橋は,床をケーブルに直接添わせたため,きわめてたわみやすい構造であった。近代的なつり橋の元祖といえるものを初めて建設したのはアメリカのフィンリーJames Finley(1762-1828)で,1801年完成のジェーコブズ・クリーク橋は剛性のある橋桁を備えていた。この桁はつり橋に剛性を与えるとともに作用荷重を分布させる働きをもち,補剛桁と呼ばれる。18世紀半ばから19世紀前半にかけ,錬鉄の生産が軌道にのったイギリスでは,錬鉄製チェーンケーブルのつり橋が次々と作られた。しかしこれらの多くは設計の不備のため,風により,あるいは人や車の通行によりたび重なる事故を起こしている。一方,ヨーロッパ大陸,とくにフランスでは,19世紀半ばにワイヤケーブルを用いたつり橋が多数作られ,そのいくつかは後に長大つり橋の発展につながった,橋桁を主ケーブルからつり下げたつり材でつる空中架線法を使っている。しかしそれ以降,つり橋の黄金時代はアメリカに移った。その牽引力となったのはJ.A.レーブリングで,彼は1854年,支間246mの鉄道・道路併用つり橋をナイアガラ滝に架け,息子のW.A.レーブリングとともに心血を注いだニューヨークのブルックリン橋(支間487m)は83年に完成した。20世紀に入って,アメリカでは続々と記録破りのつり橋が誕生し,1931年にはついに1kmを超える支間をもつジョージ・ワシントン橋The George Washington Bridgeがニューヨークのハドソン川に架設され,37年には以後四半世紀にわたって王座を占めたゴールデン・ゲート橋(支間1280m)が作られた。40年同じアメリカでタコマ・ナローズ橋が風による劇的な事故を起こして以来,補剛桁はトラス構造とするのが常道となっていたが,これを打破する革新的な設計が66年イギリスのセバーン橋Severn Bridge(ブリストルの近く,セバーン川に架かる。中央径間988m)で実現された。すなわち流線形閉断面の補剛桁と,在来の平行鉛直つり材に代わる斜めつり材の採用により空気力学的安定性を確保し,かつ剛性を高めようとするもので,イギリスの技術陣はこの考えをボスポラス海峡のつり橋やかつて世界最大のハンバー橋(イギリス。支間1410m)にも適用した。日本では,1973年関門橋の完成に続く本州四国連絡架橋の具体化に伴ってつり橋建設技術は飛躍的に発展し,98年完成の明石海峡大橋(支間長1991m)は2008年現在世界最大である。
つり橋の構成と形式
一般につり橋の主要な構成要素は,(1)主要部材としての主ケーブル,(2)主ケーブルの張力を大地に導くアンカーブロック,(3)主ケーブルの最高点を支える塔,(4)補剛桁(充腹桁またはトラス桁),(5)補剛桁を主ケーブルにつるすつり材の五つである(図1)。つり橋は補剛桁の支持条件によって図2のように分類できる。もっともよく用いられるのはbまたはcの形式である。aの中央にヒンジをもつ形式はほとんど見られない。dの連続補剛桁形式は荷重がのったときの桁の変形が小さいことから,鉄道つり橋などで利点を生む。なお,東京隅田川の清洲橋では,dの形式としたうえでケーブルの両端を補剛桁に定着し,アンカーブロックを設けていない。これを自定式つり橋と呼ぶが,短いつり橋にまれに使われるのみである。なお,清洲橋の主ケーブルは古くイギリスのつり橋で多用されたチェーンケーブルであるが,近代つり橋のケーブルは一般鋼材よりはるかに強度の高い直径5~7mmの硬鋼線を必要な本数束ねたワイヤケーブルである。この場合,鋼線をよったロープケーブルと鋼線を平行に束ねた平行線ケーブルとがあり,長大つり橋には後者が用いられる。
特徴
つり橋はこのように高強度の鋼材を,もっとも効率のよい引張材として用いたケーブルを主部材としているので,他の橋梁(きようりよう)形式にぬきんでて長い支間を渡るのに適している。ケーブルは力のかかり方により自由に形を変えうる部材であるが,均等に分布した荷重のもとでは放物線をなす。橋の自重はいわばこのような荷重であるので,つり橋のケーブルを放物線形に渡せば橋の自重はすべてケーブルが負担し,補剛桁は車両荷重による作用などを分担しさえすればよい。これもつり橋が長大支間に用いて有利な点である。ただ,ケーブルの張力と補剛桁の剛性によって重車両の走行にも十分安全に設計できるとはいえ,他の形式の橋よりは剛性が低い。したがってつり橋の解析にあたってはたわみ変形の影響を考慮することが一般に必要となる。また耐風安定性に関して万全の配慮を求められるのもこのためである。
つり橋の架設にあたってはまず塔橋脚およびアンカーブロックを施工し,次いで塔を建てた後に主ケーブルを張り渡す。最後に補剛桁(橋床)をつり材を介してケーブルからつるすのであるが,これには塔の側から順次支間中央にのばしていくのがふつうである。
→橋
執筆者:伊藤 学
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報