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館山城 たてやまじょう

日本の城がわかる事典の解説

たてやまじょう【館山城】

千葉県館山市館山にあった城。館山平野を見下ろす独立丘の上に建てられていた平山城(ひらやまじろ)である。もとは1578年(天正6)に、岡本城(安房郡富浦町)を居城としていた里見義頼が築城を命じて家臣につくらせた城である。1590年(天正18)、豊臣秀吉が小田原の北条氏を滅ぼしたが、里見氏がこの戦いへの参陣が遅れたことを理由に、本城久留里城のある上総の領地が没収された。このため、岡本城を仮の本城としていた里見義康(義頼の子)が新たな居城として、館山城の大規模な改修を行い、同年に完成させ、その翌年に居城を移した。この城の天守は、犬山城(愛知県犬山市)を模して建てられたといわれている。1600年(慶長5)の関ヶ原の戦いで、里見氏は東軍に属したことから、戦後鹿島3万石を加増されている。このころに、城山周辺に鹿島堀など惣構えの工事が行われた。しかし、1614年(慶長19)に、藩主の里見忠義は大久保忠隣事件に連座して謀叛の嫌疑をかけられて改易、館山藩は取り潰しとなり、これに伴い、館山城も廃城・破却となった。1781年(天明1)に、稲葉正明が館山藩主となって館山藩が復活するが、正明は城を再建せず、城山麓に陣屋を構えて政庁とした。前大戦中、城跡に高射砲部隊が置かれた際に、城の遺構、特に本丸・二の丸周辺は原形をとどめないほどに大幅に改変されてしまった。また、総構えの一部の鹿島堀も一部を除いて埋め立てられてしまっている。現在、城跡は、桜や紅葉の名所として親しまれる城山公園になっており、園内には曲輪(くるわ)、堀切、空堀・水堀の一部の遺構がある。また、本丸跡に建っている模擬天守は1982年(昭和57)に建設されたもので、内部は館山市立博物館分館(八犬伝博物館)になっている。JR内房線館山駅からバスで城山公園前下車、徒歩約3分。

出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報

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