日本大百科全書(ニッポニカ) 「館林(市)」の意味・わかりやすい解説
館林(市)
たてばやし
群馬県南東部にある市。1954年(昭和29)邑楽(おうら)郡館林町と郷谷(さとや)、大島(おおしま)、赤羽(あかばね)、六郷(ろくごう)、三野谷(みのや)、多々良(たたら)、渡瀬(わたらせ)村の1町7村が合併して市制施行。利根(とね)川と渡良瀬(わたらせ)川に挟まれた沖積低湿地と洪積台地からなり、低湿地には城沼(じょうぬま)、多々良沼、近藤沼(こんどうぬま)などの小湖沼群がある。市街地は台地上にあって、市役所が標高20メートルの位置にある。室町末期の赤井氏築城に始まる城下町で、江戸時代には館林藩が置かれ、発展した。5代将軍となった徳川綱吉(つなよし)もここの城主だった。幕末には秋元(あきもと)氏6万石の城下で、現在、侍(さむらい)屋敷などにそのおもかげを残している。商工業が盛んで、おもな工業は製粉、製麺(めん)、しょうゆ醸造、繊維のほか、近年では電気機器、輸送機器、金属製品が急増している。JR線はないが、東武鉄道が伊勢崎(いせさき)市、桐生(きりゅう)市、栃木県佐野(さの)市などに通じ、東京にも約1時間で直通する。また、国道122号、354号が通じ、1972年東北自動車道の館林インターチェンジが設けられた。周辺は米作とビニルハウスでのキュウリ、トマト、ナスなど野菜の促成栽培が特色。酪農も行われ、生乳の生産が多い。城沼の南岸に3000株のツツジをもつ県立つつじが岡公園(国指定名勝躑躅ヶ岡(つつじがおか)を含む)と、南部に分福茶釜(ぶんぶくちゃがま)で知られる茂林寺(もりんじ)と野鳥の森自然公園がある。田山花袋(たやまかたい)の出身地でもある。面積60.97平方キロメートル、人口7万5309(2020)。
[村木定雄]
『『館林市誌』全2巻(1966、1969・館林市)』▽『『市制施行50周年館林市のあゆみ』(2004・館林市)』