ある化合物の特定の結合が加水分解される際に,多量の自由エネルギーが放出される性質があるとき,そのような物質を高エネルギー化合物,その結合を高エネルギー結合と呼ぶ。構造式中に~でその所在を示す場合がある。生体物質の中で重要なものにはATP(アデノシン三リン酸)のピロリン酸結合,アセチルリン酸のアシルリン酸結合,ホスホエノールピルビン酸のエノールリン酸結合,クレアチンリン酸のグアニジンリン酸結合などリン酸化合物が多く,これらの物質(または結合)を特に高エネルギーリン酸化合物(または結合)という。しかしそのほかにもアセチルCoAのチオエステル結合,S-アデノシルメチオニンのメチルスルホニウム結合などの重要な例がある。加水分解に伴う大きな自由エネルギー変化(ATP+H2O─→ADP+H3PO4のpH7における標準自由エネルギー変化は7.3kcal/molである)は化学的には,分子内の静電的反発と分解生成物の共鳴による安定化に由来する。高エネルギー化合物は容易に分解され,リン酸基またはそれと結合している種々の残基,アセチル基,メチル基などが他の化合物に転移する。これらの反応はアミノ酸,ヌクレオチド,糖,脂質など種々の物質の生合成の段階として重要であり,高エネルギー化合物は生合成反応系に,必要なエネルギーを供給する役割を果たしている。生体内では糖や脂質などが酸化される際にそのエネルギーを利用してADPがリン酸化され,ATPが形成される。こうしてATPの高エネルギー結合の形でいったん貯蔵されたエネルギーは,種々の高エネルギー化合物の合成に利用され,さらに転じて多くの生合成反応を駆動するが,また一方機械的仕事(運動)や浸透圧的仕事(能動輸送)などの物理的エネルギーにも転換される。高エネルギー結合の概念の提唱者はローマンK.LohmannとマイヤーホーフO.Meyerhof(1934)であるが,その生物学的意義を明確に定式化した功績はリップマンF.A.Lipmann(1941)に帰せられる。
→ATP
執筆者:川喜田 正夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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