A型急性肝炎(読み)エーがたきゅうせいかんえん(その他表記)Acute hepatitis A

六訂版 家庭医学大全科 「A型急性肝炎」の解説

A型急性肝炎
エーがたきゅうせいかんえん
Acute hepatitis A
(肝臓・胆嚢・膵臓の病気)

どんな病気か

 A型急性肝炎A型肝炎ウイルスHAV)に経口的に感染して、ウイルスが主に肝臓で増殖し、炎症すなわち肝炎を起こす病気です。致死的な劇症肝炎(げきしょうかんえん)にならなければ慢性化することはなく、二度と発病しないのが特徴です。

 経口感染で起こるA型肝炎には、衛生環境の状態が大きく関わっています。日本は衛生環境が整ってきており、衛生環境の悪かった時代には集団発生もありましたが、最近では流行は少なくなりました。

原因は何か

 A型急性肝炎は、A型肝炎ウイルス食べ物や飲み水を介して体内に侵入する経口感染で起こります。体内に入ったウイルスに対して排除しようとする抵抗力、すなわち免疫反応がはたらきます。この免疫反応により肝炎ウイルスに感染した細胞ごと攻撃されるため、肝臓に炎症が起こるのです。また、免疫反応により抗体という蛋白質も作られます。体内に抗体ができると、次にウイルスに感染しても発病しません。

 増殖したウイルスは便中に排泄され、その便に含まれたウイルスに汚染された飲料水や食べ物から次の感染が引き起こされます。発症は冬から春にかけてが多く、12~3月にピークがありますが、最近はこの季節性が、以前に比べてはっきりしなくなったといわれています。最近では衛生状態が悪い海外で感染する人が増えていることが示されており、このことが季節性がはっきりしなくなったひとつの要因と考えられています。ウイルス汚染地域では、生水や生ものは当然ですが、生野菜のサラダを洗うための水が汚染されていたり、氷を作る水が汚染されていればそこからも感染するので注意が必要です。また、まれに血液や唾液(だえき)から感染することがあります。

症状の現れ方

 A型急性肝炎では、ウイルスに感染して約1カ月の潜伏期間をおいて症状が現れます。初期の症状は38℃以上の発熱、体がだるい、食欲がない、吐き気、嘔吐、腹痛、下痢などです。このように、かぜによく似た症状で発症します。また、A型肝炎は他のウイルス肝炎に比べて、このような自覚症状が強く出ることも特徴です。これらの症状の約1週間後に黄疸(おうだん)が現れます。茶褐色の尿や白っぽい便が出ることもあります。

 A型急性肝炎は、適切な治療を行えば約1~2カ月で完治します。しかし、なかには黄疸や血液検査値の異常(ASTALT値の上昇)が半年以上続いたり、腎不全や血液の病気を合併することがあります。また、わずかですが劇症肝炎と呼ばれる重い状態に進行すると、そのなかの4~5割の人は致命的になります。劇症肝炎については別項を参考にしてください。

 高齢者や慢性肝疾患(B型肝炎、C型肝炎、アルコール性肝障害)をもっている人が発症すると、重症になりやすいといわれています。逆に、子どもの場合は比較的軽症ですんだり、かかったことに気づかずにすむこともあります。これを不顕性(ふけんせい)感染といいます。

検査と診断

 肝炎の検査では血液検査が重要です。代表的なものではAST(GOT)、ALT(GPT)があります。AST、ALTは肝細胞のなかに多量に含まれる酵素です。肝細胞が壊れると血液中にもれ出てきて、数値が高くなります。A型肝炎では他のウイルス肝炎に比べてより高値になる傾向にあります。また、黄疸の指数であるビリルビン値も高くなります。チモール混濁(こんだく)反応という血液検査値の上昇もA型肝炎の特徴です。

 診断は、免疫反応によってできた抗体を血液で測ることによって行います。発病の早い時期に血液中に出てくるIgM型HAV抗体を測定することによって診断します。最近ではA型肝炎ウイルスの遺伝子(HAV RNA)を、血液や便を用いて調べることで、直接ウイルスの存在を知ることができるようになっています。また、重症化や劇症肝炎への進行を知るうえでは、肝臓が作る血液を固まらせる蛋白質(プロトロンビン、ヘパプラスチン)の検査をすることも重要です。

治療の方法

 黄疸があったり血液検査の数値が高い時期は、基本的に入院したうえで、安静にします。トイレや食事など必要な時以外は横になっているようにします。安静により肝臓への血液の流れを保つことで、肝臓の回復を促します。症状や血液検査の改善に合わせて安静の程度を軽くします。薬物療法は、直接ウイルスを撃退するものではありませんが、症状に応じて薬物を使います。食欲がなかったり、嘔吐、下痢などの症状がある時には点滴を行います。

病気の予防

 予防法としては、感染の危険のある生水や生ものに注意することです。患者さんが出た周辺や衛生状態の悪い海外では、とくに注意が必要です。最近ではワクチン免疫力をつける方法や直接免疫グロブリン(抗体)を注射する方法があり、衛生状態の悪い海外へ渡航する人や感染の危険度が高い人は、これらの方法を用いて積極的に感染の予防をすることが推奨されています。

佐田 通夫, 古賀 郁利子

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

内科学 第10版 「A型急性肝炎」の解説

A型急性肝炎(急性ウイルス性肝炎)

概念
 A型急性肝炎とはA型肝炎ウイルス(hepatitis A virus:HAV)感染によって生じる急性の肝障害で,一過性感染で経過し慢性化することはない.潜伏期は2〜6週間である.HAVはピコルナウイルス科のへパトウイルス属に分類される全長7500塩基の一本鎖のプラス鎖RNAウイルスである.HAV遺伝子型はⅠ型,Ⅱ型,Ⅲ型の3種類に分類され,さらにそれぞれが,A,Bの亜型に分けられている.わが国に常在するHAVの遺伝子型はⅠA型である.
感染経路
 おもな感染経路は経口感染で,肝臓で増殖したウイルスが胆汁,腸管より便中に排出され,これらの排泄物が何らかの経路で口より侵入し感染が成立する.よっておもな感染媒体は汚染された水および食べ物である.以前,わが国では貝類(生牡蠣)の生食後の感染事例が多く報告されていた.国外ではレタス,グリーンオニオンなど生鮮野菜や冷凍イチゴなど輸入生食材が感染源となった集団発生例が報告されている.また最近の特異な事例としては,男性同性愛者でのoral-anal-contactによる集団感染事例が国内外から報告されている.
 発生時期に関しては,かつては冬から春にかけて多発するなど季節性がみられたが,2000年以後は発生頻度の減少とともに,従来ほどの季節性がなくなっている.
疫学・頻度
 1980年から2010年までのわが国の起因ウイルス別急性肝炎の発生頻度は,A型36%,B型29%,非ABC型27%,C型8.0%である.特に1983年と1990年には2回にわたってA型肝炎の爆発的流行を認めたが,それ以後は大きな流行はみられず推移していた. しかし2010年には,西日本を中心とする小流行が認められ,この年のA型肝炎患者のHAV遺伝子型は,わが国には常在しないⅢA型が約30%を占めていた.韓国では2008年からⅢA型のA型肝炎の流行が認められており,2010年の小流行は,韓国でのA型感染がわが国へ拡大したものと考えらえている.
 A型肝炎は一度感染すると再度の感染は起こさない終生免疫が成立する疾患である.わが国のA型肝炎既感染者の年齢分布をみると高齢者で高率,若年者では低いHA抗体陽性率を示しており年齢依存性である.1945年以前(第2次世界大戦前)の出生者は100%に近いHA抗体陽性率を示すも,それ以後に出生した者でのHA抗体陽性率は10%に満たない.これは,過去に本ウイルスは日本に常在するも衛生環境の改善とともに劇的にA型肝炎ウイルス感染の発生が激減したためと考えられる.一方,アフリカ,東南アジア,中南米などの熱帯,亜熱帯の国々は,A型肝炎ウイルスの高浸淫地域として知られ,これらの地域の小児のHA抗体陽性率は90%前後を示す. A型肝炎ウイルスの高浸淫地域への旅行中に感染し,帰国後発症する例も少なくないことから,海外渡航歴の有無の問診は,急性肝炎の診断上重要である.
病理
 A型急性肝炎の肝病理像の所見は,門脈域の拡大,著明な円形細胞浸潤(リンパ球,形質細胞)とともに肝細胞の変性,壊死像が肝小葉周辺部に目立つことである.また胆汁うっ帯は特徴的で,胆汁栓や胆汁色素の沈着が小葉中心部に認められる.
病態
 A型肝炎の潜伏期は2〜6週間で,この時期から感染患者の便中,血液中にHAV-RNAが検出される.発症直前の時期が最も感染力が高く,肝障害の出現とともにウイルスの減少,排除が始まる.(図9-2-3)
 HAVによる肝細胞障害機序もほかの肝炎ウイルス同様,宿主の免疫機構が関与し,肝細胞障害性T細胞(CTL)とナチュラルキラー(NK)細胞が関与する.またA型肝炎ではエンドトキシン血症を短期間ながら高頻度に認め,これは肝細胞網内系機能,特に肝Kupffer細胞の低下が関与している.
臨床症状
 A型肝炎の臨床症状は,いわゆる風邪症状,38℃以上の発熱を前駆症状として発症し,食欲不振,倦怠感などの非特異症状出現後,黄疸を呈する.発症初期のA型肝炎での発熱の頻度は約70%で,B型,C型の20%に比して明らかに頻度が高く,診断の手がかりとなる.発熱以外の症状ではほかのウイルス性急性肝炎と比して特異なものはない.
検査成績
 血液検査では,ほかの急性肝炎と同様,ALT値,AST値の著明な上昇,ビリルビン値の上昇,軽度ないし中等度のALP,γ-GTPなどの胆道系酵素の上昇を認める.検査所見の中でも急性期から回復期にかけてTTT値の上昇はA型肝炎の特徴であり,これは血液中のIgMの増加を反映する.
 血清学的診断としてはIgM型HA抗体の測定が有用である.IgM型HA抗体は発症後,1週間目から出現し(60~70%),3〜4週間目に抗体価が最高値となり,以後次第に低下する(図9-2-3).
経過・予後
 若年成人A型肝炎感染者での劇症肝炎移行はほかの肝炎に比して頻度は少なく軽症例が多い.A型肝炎の予後は一般的に良好で一過性感染で経過し慢性化することはない.しかし,50歳以上の高齢者では重症例,劇症例,合併症併発例の頻度が若年例に比較して高く注意を要する.
合併症
 急性腎不全,ネフローゼ症候群の併発,また回復期の赤芽球癆や再生不良性貧血,溶血性貧血,特発性血小板減少性紫斑病などの血液疾患の合併や自己免疫性肝炎誘発例が報告されている.これらの肝外病変の出現は,ときに生命に重大な影響を及ぼすことがあり注意が必要である.
感染予防
 HAV高浸淫地区におけるHAV感染の一般的予防対策は,経口感染の機会を未然に防ぐことであり,生水,生鮮食物の摂取をできるだけ避けることが重要である.しかし食物に対する注意だけでは予防対策として不完全である. 以前,特異的感染予防法としては免疫血清ヒトガンマグロブリン(ISG)が用いられていたが,現在ではHAワクチンの投与で中和抗体を獲得する方法が主流である.
 HAワクチン接種者の抗体陽転率は,ほぼ100%であり,きわめて良好な成績が得られている.HAワクチンの接種方法は,初回,2〜4週後,6カ月後の3回接種で数年間持続する抗体価を得ることが可能だが,海外渡航前など緊急性がある場合には,初回,2週後の2回接種で十分な予防効果が得られる.[八橋 弘]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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