C1化学(読み)シーワンカガク

デジタル大辞泉 「C1化学」の意味・読み・例文・類語

シーワン‐かがく〔‐クワガク〕【C1化学】

炭素数1個の化合物であるメタン一酸化炭素メタノールなどの製造、またはこれらを原料とする有機化学の総称。

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改訂新版 世界大百科事典 「C1化学」の意味・わかりやすい解説

C化学 (シーワンかがく)

石油価格の急激な上昇によって,化学工業の原料資源を石油以外に転換し,多様化しようとする動きが1970年代後半から強まった。その一つがいわゆるC1化学である。C1化学の定義は確定していないが,一般に天然ガス,製鉄所ガス,あるいは合成ガス(一酸化炭素と水素を主成分とするガスで,天然ガス,石油系重質残油,石炭,バイオマス,都市ごみその他をガス化して得ることができる)などの炭素数1個の単純な化合物を原料として有機化合物を合成する化学技術の体系をいう。炭素数1個の単純な分子から,炭素数の多い複雑な有機化合物が合成される過程には,活性および選択性の優れた触媒が不可欠である。原理的にはほとんどの有機化合物が合成できるといってよいが,問題はその触媒の開発であって,すでにいくつかの優れた触媒が見いだされているが,C1化学の成否は今後の研究努力にかかっている。

 日本では通産省の主導のもとに1980年から大型プロジェクトの一環としてC1化学技術開発がとり上げられ,9ヵ年計画が発表された。その研究内容は,(1)ガス化プロセス(ガスの分離,精製技術を含む),(2)含酸素化合物の製造法,(3)エチレンなどのオレフィン系炭化水素アルケン)およびパラフィン系炭化水素アルカン)の製造法,に大別される。数年間の要素研究をへて,84-85年ころからはパイロットプラントの設計,建設,運転に入ることを目標としている。諸外国もこのような日本の技術開発動向に注目するとともに,それぞれ独自の研究を推進しており,日本の造語であるC1化学は外国でも用いられるようになり,市民権を獲得したといえる。

C1化学技術によって,何を原料として何を生産するか,その構想はいろいろありうるが,図に示したのはその一例である。これらのプロセスのいくつかについて補足しよう。

(1)メタノール(メチルアルコール)が合成ガスから安価に生産されるようになれば,海外からこれを輸入し,合成化学原料として利用することができよう。その筆頭候補は酢酸合成である。アメリカのモンサント社は1970年にロジウム錯体を触媒としてメタノールをカルボニル化し,酢酸を合成する方法を発明した。日本もすでにこの技術を導入して実用化している。ちなみに高価なロジウム触媒に代替できる,安価で優れたニッケル-活性炭系触媒も発明されている。

(2)メタノールを原料として芳香族炭化水素を生産する技術は,75年にアメリカのモービル社が開発した。これはZSM-5と呼ばれる特別の合成ゼオライト(沸石)を触媒とする反応であって,高オクタン価ガソリンの製造法としても注目されている。

(3)メタノールを経由することなく,種々の有機化合物を直接に1段で合成するプロセスの開発も行われている。78年,宇部興産は一酸化炭素,酸素,アルコールを原料とし,亜硝酸アルキル存在下にパラジウム触媒を用いてシュウ酸ジエステルの合成に成功し,工業化した。シュウ酸ジエステルにはいろいろな合成化学的用途がある。水素還元すれば容易に,合成繊維原料として重要な中間体であるエチレングリコールを生成する。現在はエチレンの酸化反応によって生産されているが,エチレン価格の上昇と酸化反応の収率の向上があまり望めない,などの理由により,合成ガスからの製造法が待望されている。上記の宇部興産の方法とは別に,アメリカのユニオン・カーバイド社は1973年にロジウム触媒を用いる合成ガスからの直接合成法の特許を得ているが,高い反応圧力を必要とし,またグリコール収率が低いなどの理由で実用化には至っていない。

(4)合成ガスから,メタノールを経由せず,直接1段で芳香族やオレフィンを合成する研究も興味ある課題で,その可能性を示す萌芽的な成功例が報告されている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「C1化学」の意味・わかりやすい解説

C1化学
しーわんかがく

1970年代の二度の石油危機と石油価格の高騰は、日本の化学工業の基盤を揺るがし、国際競争力の著しい低下をもたらした。このため化学業界は石油にかわる安価な有機化学工業原料を求め、また新しい化学技術体系の開発を計画している。その一つがC1化学である。

 その原義は、炭素数1個の化合物から出発して、炭素‐炭素結合をつくり、また酸素などの元素を導入して、種々の有機化合物を合成しようとするものである。具体的には、天然ガス、合成ガス、製鉄所ガス、メタノール(メチルアルコール)などが出発原料となろう。

 ここでいう天然ガスはメタンを主成分とする石油随伴ガスであり、これまではむだに燃やされていることが多かった。合成ガスは、この天然ガスや石炭、石油系アスファルトなどの未活用の炭素資源から製造することができる。製鉄所のガス源は、転炉、コークス炉、高炉などがあり、これまでは熱源として利用されてきたが、その主成分はメタン、一酸化炭素、水素などであり、合成ガスに類似のものである。合成ガスからはメタノールが合成できる。海外の天然ガスは液化して液化天然ガス(LNG)として輸入できるが、化学原料としてはメタノールに変換して輸入したほうが便利でもあり経済的である。

 日本では1980年(昭和55)から、工業技術院(現、産業技術総合研究所)が中心となり、民間化学企業などが参加して、C1化学の開発研究が国家プロジェクトとして進められた。その内容はガス化とガス分離の技術、含酸素化合物、オレフィン、ポリマー類の合成などである。成功すれば、日本の化学工業基盤の強化に寄与するものと期待された。

[冨永博夫]

 その後、原油価格の下落があり、C1化学の国家プロジェクトは工業化に至らず、1986年に終了した。しかし、触媒や分離膜などの技術的な成果をあげることができ、各種化学工業に応用されている。さらにその後も、原油価格の再高騰、地球環境問題などの影響で、バイオマスで得られる一酸化炭素やメタンを原料とするC1化学の研究が産業技術総合研究所などで続けられている。

[編集部]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「C1化学」の意味・わかりやすい解説

C1化学
シーワンかがく
C1 chemistry

一酸化炭素,二酸化炭素,メタン,メタノールなど炭素数1の化合物の製法,またはこれらを原料とした有機化合物の合成法を研究する化学。石油危機を契機として,限りある化石資源を効率的に使用する技術の開発のため,C1化学は 1980~87年に通産省の大型プロジェクトとして研究された。再生産が可能なバイオマスの利用など,原料の効率的な製法,合成に必要な高活性・高選択性の触媒の開発など多くの成果を上げている。

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世界大百科事典(旧版)内のC1化学の言及

【ガス化学】より

天然ガスコークス炉ガスなどを原料として各種の化学製品を生産する化学技術の体系をいう。コークス炉ガスの主成分は,メタンCH4,一酸化炭素CO,水素H2などである。また天然ガスの主成分はメタンであるが,これを水蒸気と反応させ,一酸化炭素と水素からなる合成ガスを得ることができる。このようなわけで,天然ガスまたはコークス炉ガスのいずれを原料に用いても,生産される化学製品とその化学反応はよく似たものであり,おおむね図に示すとおりである。…

【石油化学工業】より

…石油化学工業は,ナフサ(粗製ガソリン),天然ガスを原料として,合成樹脂,合成繊維原料,合成ゴムなどを生産する産業で,日本では,化学工業全体の約半分を占めている。石油化学工業は,鉄鋼業,紙・パルプ工業などとともに代表的な素材産業であるが,歴史的にはるかに新しく,第2次大戦後に本格的な発展を遂げている。石油化学工業の製品はきわめて多岐にわたっており,その用途も広範である。したがって,石油化学工業を製品別,用途別に理解することは困難であり,製造プロセス別に整理されることが多い。…

※「C1化学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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