アルカン(読み)あるかん(英語表記)alkane

翻訳|alkane

日本大百科全書(ニッポニカ) 「アルカン」の意味・わかりやすい解説

アルカン
あるかん
alkane

炭素Cと水素Hのみからなり、C-C原子間の結合がすべて単結合で、炭素原子の残りの原子価はすべて水素原子と結合した脂肪族飽和化合物の総称。一般式CnH2n+2で表される。表1にn=1~20の例を示す。メタン系炭化水素あるいはパラフィン系炭化水素ともよばれる。パラフィンとはラテン語でのparum affinis(親和力に乏しい)に由来し、アルカンが化学的活性に乏しいことを表している。C-C単結合の長さは1.54Å(オングストローム。1Åは0.1ナノメートル)程度で、アルケンの二重結合(1.34Å程度)、アルキンの三重結合(1.20Å程度)よりも長い。分子内にC=C二重結合をもつアルケンや、C≡C三重結合をもつアルキンは不飽和化合物とよばれる。これらは水素と白金、ニッケルなどの金属触媒を用いて水素添加することにより、飽和化合物であるアルカンに導くことができる。


[佐藤武雄・廣田 穰]

同族体と異性体

アルカンには炭素原子が一列につながっている直鎖状のものと、炭素鎖が枝分れしたものがある。直鎖状のものをn-パラフィン(または正パラフィン)、枝分れしたものをイソパラフィンとよぶことがある。環状の飽和炭化水素シクロアルカンとよばれる。

 n-アルカンはメタンからエタン、プロパンと炭素数が増加するにつれて-CH2-単位が一つずつ増える。このように-CH2-の数だけが異なる化合物を、互いに同族体あるいは同族列化合物であるという。表1に代表的なn-アルカンの例を示す。

 炭素数3のプロパンまでは分子式に対応する化合物は一つずつしかないが(表2-1)、炭素数4のブタンでは分子内での炭素原子の配列が異なる化合物が存在する。すなわち、直鎖状のブタンのほかにイソブタンとよばれる化合物がある。このように同じ分子式をもちながら異なる原子配列をとっている化合物を異性体(構造異性体)という。この例では「イソブタンはブタンの異性体である」または「ブタンとイソブタンは互いに異性体の関係にある」のようにいう。表2-2にC4のブタンからC6ヘキサンまで、表2-3にC7ヘプタンの構造異性体の化学式と融点・沸点を掲げる。同じ炭素数の異性体を比べると、沸点、融点などの物理的性質だけでなく化学的性質も異なっている。表2-2の沸点を、同じ炭素数の異性体の間で比べてみると、すべての場合で、枝分れのないn-アルカンがもっとも高い沸点で、枝分れが多くなり炭素鎖が短くなるにしたがって沸点が低くなっている。たとえばC5n-ペンタンは沸点が36℃で常温では液体であるが、同じC5でもネオペンタンは沸点が9.5℃で常温では気体である。表3にアルカンの炭素数と構造異性体数の関係を示す。このように炭素数が増えるにしたがって異性体数は増大する。炭素数20のエイコサンの異性体は37万に近い。前記の表2-1表2-2表2-3の例からわかるように、炭素の少ない低級のアルカンについては可能な異性体はすべて実際に存在することが知られている。

[佐藤武雄・廣田 穰]

命名法

有機化合物は、炭素骨格に各種の官能基が導入されたものとして命名される。したがってアルカンの命名は有機化合物の命名法の基本となる。アルカンであることを示す接尾語は-ane(アン)である。炭素数1から4までのアルカンには慣用のメタン、エタン、プロパン、ブタンという名称を用いる。炭素数5以上の場合は、数を表すギリシア語(一部ラテン語)の数詞に-aneをつけて命名する。たとえば炭素数5のものはpenta+ane=pentane、ペンタンとなる。炭素数6以下のアルカンについては、必要な場合にはn-ブタン、n-ペンタン、n-ヘキサンのように接頭語「n」をつけて直鎖の異性体であることを表記できる。枝分れアルカンについては、炭化水素名に限ってイソブタン、イソペンタン、ネオペンタン、イソヘキサンなどの慣用名を使ってもよい。一般に枝分れのあるアルカンを命名する方法は、化合物中でもっとも長い炭素鎖(主鎖という)に、アルキル基が置換したものと考えて命名する。炭素数8のオクタンの異性体の例をあげると、図Aのようになる。

 この場合、もっとも長い炭素鎖は6であるので、炭素数6のヘキサンを主鎖としてそのジメチル置換体として命名するわけである。

 アルカンの水素一つを取り除いた基名はアルカン名から-aneをとり-yl(イル)をつけて命名する。すなわち、エタンethane→エチルethyl、ブタンbutane→ブチルbutylのように命名する。表4に鎖状飽和炭化水素名とアルキル基名を示す。

[佐藤武雄・廣田 穰]

分子の形

炭素の原子価が四面体構造をもつことは、すでに1874年にオランダのファント・ホッフとフランスのル・ベルによって独立に提案され、その後電子線回折などの物理的測定により実証された。もっとも簡単な構造のアルカンであるメタンは、図Bに示すように正四面体の中心に炭素原子を置くと、各頂点に水素原子が位置する構造をしている。水素―炭素―水素各原子がつくる角は、109.5°、より精確には109°28′である。この角度を四面体角とよぶことがある。

 二つの炭素原子をもつエタンCH3-CH3では二つのCH3基がC-C結合の周りで回転できる。回転に伴い分子は規則的に形が変わる。鎖状の炭素骨格の基本となるブタンについてみると、もっとも安定な形(立体配座という)は図Cに示すように両端にある二つのメチル基が互いにもっとも離れた位置をとる。炭素の鎖がジグザグ形をとりやすいのはこのためである。

 四面体構造をもつ炭素化合物では、一つの炭素原子に4種の異なる原子あるいは原子団がつくと、2種類の異性体が可能となる。この異性体は互いに、実像と鏡像の関係にあり、光学異性体とよばれる。表3は構造異性体数のみを示してあり、光学異性体を考えるとさらに異性体の数は増大する。

[佐藤武雄・廣田 穰]

性質

図Dn-アルカンの炭素数と沸点および融点との関係を示す。n-アルカンの沸点は分子量の増大に伴って上昇する。炭素数1から4のアルカンは常温で気体だが、炭素数5から17では液体となる。それ以上の炭素数のアルカンは固体で蝋(ろう)状の物質である。炭素数の増大に伴う沸点上昇の幅はしだいに狭まり、メタンとエタンの差約70℃はノナンC9H20とデカンC10H22では25℃になる。融点は沸点と異なり分子量以外に分子の形、炭素数の偶数か奇数かなどに依存していることがわかる。n-アルカンの比重は1より小さく、液体のアルカンは水に溶けないので水に浮く。ベンジンクロロホルム、エーテルなどの有機溶媒にはよく溶けるが、メタノールへの溶解度はアルカンの炭素数が多くなるにしたがって減少する。

 アルカンは空気中で燃焼して水と二酸化炭素になる。この際放出される熱量を燃焼熱という。メタンでは
  CH4+2O2
   ―→CO2+2H2O+191.8kcal
になる。

 空気中に一定の範囲内の濃度のアルカンが存在すると、点火した場合に爆発がおこる。この濃度範囲の上限と下限を爆発限界という。表5にアルカンの発火温度と爆発限界を示す。炭坑や室内でメタンやプロパンガスの爆発がおこらないようにするには、爆発範囲のガス濃度にならないように注意する必要がある。

 アルカンは、アルケンやアルキンとよく反応する濃硫酸、濃硝酸、水酸化ナトリウム、過マンガン酸カリウムなどのイオン性試薬とはまったく反応しない。光を遮断した状態ではハロゲンとも反応しないが、光照射下では塩素などのハロゲンと激しく反応する。メタンを例にとると、水素を次々と塩素原子で置換し、図Eのように変化して、メタンの水素原子が1~4個の塩素により置換された生成物を与える。

 光によるアルカンとハロゲンとの反応、アルカンが酸素により燃焼する反応は、ともにラジカル連鎖反応であることが知られている。まとめとして、アルカンは光や熱により誘発されたラジカル的反応をするが、イオン的な反応はおこしにくいということができる。

[佐藤武雄・廣田 穰]

製法

実験室でアルカンを合成するには表6に例を示すような方法が用いられる。

(1)アルケンあるいはアルキンを金属触媒を用いて水素添加する。たとえば、アルケンはラネーニッケル触媒や白金触媒を用いて接触水素化を行うと容易にアルカンを与える(式1)。

(2)ハロゲン化アルキルを水素化アルミニウムリチウムまたはナトリウムアマルガムを用いて還元する(式2)。

(3)ケトンや脂肪酸を還元する(式3)。

(4)ウルツ‐フィティッヒ反応を用い、ハロゲン化アルキルとナトリウムを反応させる(式4)。

(5)飽和脂肪酸を脱炭酸する(式5)。

(6)飽和脂肪酸のナトリウム塩を電気分解する(式6)。この反応をコルベ反応という。

(7)フィッシャー‐トロプシュ反応を利用する。この反応はコバルト、ニッケル、鉄などの触媒上に、一酸化炭素と水素を通じることによって進行し、炭素1個C1から炭化水素をつくる化学反応として重要である(式7)。

[佐藤武雄・廣田 穰]

資源

アルカンはおもに石油と天然ガスから得られる。これらは有史以前に動植物が蓄積した有機物が分解して生成したものである。産地により異なるが、石油は炭素数2から40ぐらいまでのアルカンを主成分として含むほかに、シクロアルカン、芳香族炭化水素、複素環式化合物から構成されていて、炭化水素の重要な資源である。採掘された石油原油は、接触分解や水素化分解の行程を経て低分子量の炭化水素に変えられ、現代の生活に欠かせないガソリン、灯油、軽油、重油などの燃料や石油化学工業原料として使われている。ガソリンの主成分はアルカンで、含まれるアルカンの比率はガソリンの製法や産地により異なり、30~100%である。石油精製のプロセスでは、触媒を用いて、長い炭素鎖を切断して低分子量にしたり、異性化させて枝分れの多い炭化水素を増やしたりする。石油化学工業では、ナフサ分解などの行程を経て、アルカンを有用なアルケンに変えて種々の化学工業製品の原料をつくっている。天然ガスは低分子量のアルカンであるメタンとエタンが主成分で、少量のプロパン、ブタンを含んでいる。メタンは、沼地で落ち葉など水中で枯死した植物から嫌気性発酵により発生するので沼気(しょうき)ともよばれているが、資源としては地下のガス田から採掘する。多量のメタンが水と結合して「メタンハイドレート」の形で深海に存在することもわかり、有望なエネルギー資源として注目されている。

[佐藤武雄・廣田 穰]

『デビュー、ラインハート著、塩見賢吾、廣田穣、務台潔訳『有機化学』(1971・共立出版)』『務台潔著『新有機化学概論』(2000・朝倉書店)』


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アルカン」の意味・わかりやすい解説

アルカン

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