日本大百科全書(ニッポニカ) 「CFSP」の意味・わかりやすい解説
CFSP
しーえふえすぴー
ヨーロッパ連合(EU)の共通外交・安全保障政策。Common Foreign and Security Policyの略。CFSPは1993年11月発効のマーストリヒト条約(ヨーロッパ連合条約)によって発足した。従来、ヨーロッパ政治協力(EPC:European Political Cooperation)として行われてきた、加盟国間のおもに外交上の立場の調整をより深化させるとともに、名称のとおり、対象分野を安全保障にまで拡大したのである。冷戦終結を経た当時のヨーロッパでは、EUが外交・安全保障面でもそれまで以上の役割を果たすことへの期待が高まっていた。
その後、CFSPという名称に変更はないものの、その傘下に「防衛政策」が加わり、当初はESDP(European Security and Defence Policy。ヨーロッパ安全保障・防衛政策)とよばれていたが、2009年にCSDP(共通安全保障・防衛政策)と改称された。また、CFSPにとらわれず、通商などを含むEUの対外関係全般を示す際には、「EU外交European foreign policy」という用語も使われている。首脳レベルではヨーロッパ理事会常任議長やヨーロッパ委員会委員長がEUを代表するものの、EUのいわば外務大臣としてEU外交の顔になっているのは、共通外交・安全保障政策上級代表(HR)である。それを支えるのがEUの外務省にあたるヨーロッパ対外活動庁(EEAS:European External Action Service)であり、日本を含めた各国に存在するEU代表部を束ねている。
[鶴岡路人 2018年1月19日]
EU外交の目的と特徴
CFSPを含むEU外交の目的は、当然のことながらEUの利益の増進であり、これには経済的繁栄と安全保障の確保が含まれる。加えてEUにおいて特徴的なのは、EUが依拠する共通の価値(民主主義、法の支配、人権と基本的自由の普遍性と不可分性など)の擁護と世界での促進が、基本条約(現在はリスボン条約)上も、CFSPの目的として、しかも筆頭に明記されていることである。日々の政策上の優先順位が、つねにこれに縛られているわけではないが、規範的な部分が強調される機会は少なくない。死刑廃止に向けた世界的な取り組みなどはその一例であり、それゆえ、国際関係においてEUは「規範的パワーnormative power」として概念化されることも多い。
しかし、1970年代以降のEPC、そして1990年代以降のCFSPを通じてつねに存在してきた批判の主眼はその実効性の欠如であり、「宣言外交」と揶揄(やゆ)されてきた。そして、旧ユーゴスラビア諸国における相次ぐ紛争におけるEUの無力さを目の当たりにし、EUとしても軍事的手段を含めて独自に行動する能力を構築すべきとの議論が高まったのが1990年代末であった。そこからまずはESDPが生まれることになった(詳しくは「CSDP」を参照)。
他方で、紛争および危機に対する「包括的アプローチ」や「統合的アプローチ」こそ、EUが標榜(ひょうぼう)してきたものでもある。軍事的手段に頼らず、予防外交、紛争調停に始まり、紛争後の段階では、開発協力、行政・司法・警察などの能力構築支援、さらには自由貿易協定(FTA)、連合協定と至り、ヨーロッパ地域の国に対しては最終的にEU加盟に至る幅広い政策パッケージを擁するのがEUの強みである。2016年6月に発表された「EUグローバル戦略」もこの点を強調している。
さらにいえば、国際関係においてEUが大きなウエイトを占めている力の源泉は、なによりもその経済力である。EUが世界最大の単一市場である事実は、世界の多くの国々にとってEUとの関係強化の誘因となるし、EU(およびその加盟国)が世界最大の開発援助拠出元であることも、開発途上国にとっては重要な要素である。外交・安全保障面での役割は、EUの経済力を補完するものであり、それに置き換わるものではない。実際、EU外交発展の歴史は、大きくなった経済力に相応の政治・安全保障面の役割の模索であったといえる。
ただし、分野が多岐にわたるということは、政策ツール間の調整がより困難になることをも意味する。EU外交においては、「一つの声で発言する」ことの困難さがよく指摘されるが、これには、加盟国間の立場調整という側面とともに、異なる政策間での調整、一体性の確保という側面が存在するのである。EUの組織でいえば、前述のEEASに加えて、たとえば貿易に関してはヨーロッパ委員会(欧州委員会)の貿易総局が権限を有するし、開発政策については開発総局が権限を有する。CFSPとこれら政策分野の一貫性の維持は、依然として大きな課題である。
[鶴岡路人 2018年1月19日]
ブレグジットが及ぼす影響
イギリスのEU離脱(ブレグジット)がCFSPに及ぼす影響については不透明な部分も少なくないが、国連安保理の常任理事国でもあるイギリスの離脱は、国際関係におけるアクターとしてのEUには当然のことながら悪影響を及ぼすことになろう。ただし、外交・安全保障面での緊密な協力の継続はEUとイギリスの双方にとっての死活的な利益である。昨今関心の高い領域としては、(経済)制裁がある。ロシアや北朝鮮に関しても、これまではEUとして調整したうえで具体的な措置が決定されてきたが、離脱後のイギリスがいかにEUとの単一歩調を確保できるか、そのための仕組みをいかに整えられるかが注目される。
[鶴岡路人 2018年1月19日]