日本大百科全書(ニッポニカ) 「CIE表色系」の意味・わかりやすい解説
CIE表色系
しーあいいーひょうしょくけい
CIE colorimetric system
CIE(国際照明委員会Commission Internationale de l'Eclairageの略称)によって定義された、色を定量的に表示するためのシステム。三刺激値とよばれる三つの値を用いて色を表示する三色表色系trichromatic systemと、三刺激値に基づき視覚的均等性を考慮して色を表示するUCS表色系Uniform Chromaticity-Scale systemに分類される。ここでは、基礎となる三色表色系のみを対象とする。三色表色系では試料の観測視野の大きさに対応して、XYZ表色系およびX10Y10Z10表色系が定義されている。これらはそれぞれCIE標準表色系、CIE補助標準表色系ともよばれる。ここで、CIEは測光、測色に関する基礎的標準を統一して、それらをグローバルに普及させる目的で組織された国際委員会である(本部をオーストリアのウィーンに置く)。
[佐藤雅子]
三刺激値
原刺激(たとえば赤、緑、青の三つの色光)を均一に混合した色刺激を導く。混合した色刺激は元の原刺激のいずれとも異なる色に見える。三つの原刺激の輝度(明るさ感覚に対応する測光量)はフィルターなどの方法で個別に調整できるようにしておく。両視野の色を見比べながら、色が等しく見えるようにそれぞれの原刺激の輝度を調整して、そのときの輝度の値を読み取る。
に示すような測定装置を用いると、二分視野をつくることができる。一方の視野(Ⅰ)に試料の色刺激(眼(め)に入射して色感覚を生じさせる可視放射)を導き、他方の視野(Ⅱ)に三つの色が等しく見えるように調整する操作、あるいは色が等しく見えることを等色とよぶ。また、色の異なる色刺激が混ざり合って、元のいずれとも異なる色に見える現象を加法混色とよぶ。
前記の読み取った輝度の値は、三つの原刺激それぞれの単位(たとえば、表色系の基準白色を等色するのに必要な三つの原刺激それぞれの量を各1単位とする)に基づいて表示し、それら三つの値を三刺激値とよぶ。三刺激値を用いると試料の色を定量的に表示することができる。三刺激値で表示される色を心理物理色とよび、三刺激値のような三つの値を用いて色を表示する体系を表色系とよぶ。
三刺激値を得るための等色実験は、表色系の規定する特定の観測条件の下で、試料色刺激ならびに厳密に定義された三つの原刺激の加法混色による色刺激を開口色モードで提示して行われる。観測条件を規定し開口色モードで等色を行うのは、主観的要素に左右されない、客観的で再現可能な三刺激値を得るためである。
ここで開口色とは色刺激を発する物体がどのようなものであり、その物体が奥行き方向のどこに存在するかを知覚できない条件における色である。たとえば、分光器の望遠鏡をのぞくと視野絞りの内側に一様な色刺激の色を見ることができる。これが典型的な開口色である。また、一様な色の色紙などを適当な大きさの絞りを通して、その絞りに眼の焦点をあわせて見る場合は、色紙などの反射面そのものの知覚や認識はまったくなく、限られた視野の中に奥行き方向の空間的定位が特定できない一様な色刺激の色を見ることになる。これも代表的な開口色である。
開口色で得られる色知覚は色刺激を発する物体の知覚や認識とはかかわりがなく、他の一般的な色知覚に比べてもっとも単純で純粋なものである。これを色感覚とよぶ。一般の色知覚は、物体の知覚や認識と深いかかわりをもつため、色刺激との対応がきわめて複雑である。一方、色感覚は、観測視野の大きさ、眼の順応状態などが規定された特定の観測条件の下では、三刺激値との間に再現可能な1対1の対応関係のあることが明らかになっている。
したがって、三刺激値を用いると、生体に生じる色感覚を科学・技術の客観的対象として取り扱うことが可能になる。CIE表色系はこのような考え方のもとに確立された三色表色系の国際標準であり、科学、技術、産業の各分野において国際的に広く用いられている。
なお等色実験では、試料の色刺激がどのような色に見えるかを判断する必要がまったくない。必要なのは試料の色が三つの原刺激の加法混色による色と確かに等色しているか否かの判断のみである。したがって、ある色刺激の三刺激値がそれと比較する他の色刺激の三刺激値と等しければ、表色系の規定する特定の条件の下で両者が同じ色に見え、異なれば同じ色には見えないことを意味する。しかし、色刺激そのものを見ずに三刺激値を見るだけでは色がどのように見えるかはわからない。三刺激値から色の見えを推定するには、色度図上の色名の分布やマンセル・データなどの既知のデータを利用する必要がある(後記)。これに対して、色知覚の三属性を尺度化して表示するマンセル表示の場合は、表示記号を見ると、特定の観察条件の下で、その色がどのように見えるかがわかる。
[佐藤雅子]
XYZ表色系
XYZ表色系はCIEによって1931年に定義された。観測者の目に対して観測面の張る角が1~4度の場合に適用される。すなわち、視角1~4度で観測する色の表示に用いられる。
XYZ表色系では三刺激値を表す量記号としてX, Y, Zが用いられる。三刺激値の和S(≡X+Y+Z)を刺激和とよび、刺激和に対する三刺激値の比x=X/S, y=Y/S, z=Z/Sを色度座標とよぶ。x+y+z=1の関係から、色度座標はx, y, zのうちの二つを用いれば表すことができる。一般には(x, y)が用いられる。色度座標は色刺激の色成分に関する二次元の表示であり、明るさに関する情報を含まない。そこで、三刺激値(X, Y, Z)のかわりに色度座標(x, y)を用いて三次元の色情報を表示する場合は、明るさに対応する三刺激値Yを色度座標(x, y)と組み合わせた表示(Y, x, y)を用いる。
(X, Y, Z)または(Y, x, y)によって色を表示する方法をCIE表示法とよぶ。CIE表示法では三刺激値(X, Y, Z)を等色実験によらずに分光測色法に基づく計算によって定める。分光測色法を用いると、等色実験を行えば得られるであろうと推定される試料色刺激の標準の三刺激値(X, Y, Z)が得られる。
前記の「三刺激値」の章では、「三刺激値は、色感覚との間に再現可能な1対1の対応が成り立つことを前提に、等色実験のデータに基づいて定める」という趣旨の説明をした。しかし実際には、実験のばらつきや個人差の影響を免れない。そこで、CIEは明所視(明暗と色のいずれもが識別できる明るさ環境での視覚)において色覚正常な多くの被験者によって得られた、等エネルギー・スペクトル(可視波長の全域にわたって放射量の分光密度が一定である放射のスペクトル)に対する視角2度での等色データの平均に基づく等色特性から、1931年に、数学的変換によって等色関数(λ), (λ), (λ)を導いた。この変換は、表色系の実用上の便宜などを考慮した三つの原刺激[X], [Y], [Z](後記の「光源が放射する光の色」の章参照)を新たに定義したうえで、(λ)が標準比視感度V(λ)に一致する条件(この条件によって、三刺激値Yが明るさに対応する。後記の「X10Y10Z10表色系」の章参照)のもとに実行された。
XYZ表色系は等色関数(λ), (λ), (λ)を等色特性とする三色表色系である。XYZ表色系では、後記のように、この等色関数を用いて分光測色法に基づく計算を行うことにより、三刺激値(X, Y, Z)を定める。分光測色法では、試料色刺激の分光分布から所定の計算手続きによって三刺激値を定めるので、実験のばらつきや個人差の影響を免れて、試料色刺激と1対1に対応する再現可能な三刺激値を定義できる。また、この方法を採用すると、三刺激値を定めるのにその都度、等色実験を行う必要がないという実用上の利点がある。
等色関数(λ), (λ), (λ)は波長λの単色放射(波長幅をもたない純粋に単一波長の放射は理論的に存在しない。1ナノメートルの波長幅をもつ放射をここでは仮に単色放射または単色光とよぶ)の単位放射量あたりの三刺激値((λ), (λ), (λ))(等色係数とよぶ。以前はスペクトル三刺激値とよんでいた)を波長λの関数として表示したものである。小文字のx, y, zにバーをつけた量記号は色度座標ではなく、等色係数(スペクトル三刺激値)を表す。 に等色関数(λ), (λ), (λ)を示す(前記の条件により(λ)=V(λ))。この図には比較のためにX10Y10Z10表色系の等色関数10(λ), 10(λ), 10(λ)も示してある。等色特性が等色関数(λ), (λ), (λ)と一致する仮想の観測者をCIE1931測色標準観測者とよび、等色特性が等色関数10(λ), 10(λ), 10(λ)と一致する仮想の観測者をCIE1964測色補助標準観測者とよぶ。
単色光の色度座標x(λ), y(λ), z(λ)(波長の関数であり、スペクトル色度座標とよぶ)は、三刺激値と色度座標の関係を示す前記の式に等色関数(λ), (λ), (λ)を適用して得られる。日本工業規格「JIS Z 8782:1999 CIE測色標準観測者の等色関数」の表1に波長間隔1ナノメートルにおける等色関数(λ), (λ), (λ)、およびスペクトル色度座標x(λ), y(λ), z(λ)が記載されている。また、同規格の表2に、X10Y10Z10表色系の等色関数10(λ), 10(λ), 10(λ)、およびスペクトル色度座標x10(λ), y10(λ), z10(λ)の値が同様の形式で記載されている。
二次元直交座標系の横軸にxを、縦軸にyをそれぞれ対応させて色度座標(x, y)を表す図をxy色度図とよぶ。同様に、横軸にx10を、縦軸にy10をそれぞれ対応させてX10Y10Z10表色系に基づく色度座標(x10, y10)を表す図をx10y10色度図とよぶ。色度図の一般的な説明を行う場合は両者を区別せずに、以下で、単に色度図とよぶ。色度図上で色度座標を表す点を色度点とよぶ。また、単色光の色度座標を色度図上で表して得られる軌跡をスペクトル軌跡とよぶ。XYZ表色系のスペクトル軌跡(太い実線の曲線部分)を
に示す。比較のために、同図にはX10Y10Z10表色系のスペクトル軌跡(点線の曲線部分)も示してある。軌跡に添えた数字はナノメートル単位で表示した単色光の波長を表す。スペクトル軌跡の長波長端と短波長端を結ぶ直線を純紫軌跡とよぶ。この直線は、スペクトル軌跡の両端に色度点をもつ二つの単色光(一方は赤に見え、他方は菫(すみれ)色に見える)の加法混色による紫系統の色の軌跡である。両者の混合比を連続的に変えると、赤→赤みの紫→紫→菫みの紫→菫と連続して色が変化する。ここで、菫violetは分光分布に長波長成分をまったく含まない色刺激で生じる色感覚(赤みを含まない)であり、紫purpleは短波長成分のほかに長波長成分をも含む色刺激で生じる色感覚(赤みを含む)である。
視覚系に入射して色感覚をもたらす色刺激は、スペクトル軌跡と純紫軌跡で構成される馬蹄(ばてい)形状の閉曲線の上、ならびにその内側の範囲に色度座標をもつ。この閉曲線の外側に色度座標をもつ色は眼で見ることができない虚の色である。
ちなみに、色の異なる二つの色刺激の加法混色で生じる色は、純紫軌跡の場合と同様に、色度図における元の色刺激を表す二つの色度点を結ぶ線分上で、それら二つの色度点の間に色度座標をもつ。加法混色で特定の無彩色(無彩色は色味のまったくない色で、色度図上のある範囲に分布する。
参照)を等色できる二つの色刺激による色の対を、互いに補色であるという。このような補色の対は理論的に無数に存在する。 の閉曲線の内側にある点Eは、等エネルギー白色(可視波長の全域にわたって放射量の分光密度が一定である色刺激による白色)を表す。等エネルギー白色を特定の無彩色とすると、点Eを通る任意の線分PQ上で、点Eをはさむ両側の任意の色度点をもつ色の対は互いに補色である。また、
に示す破線のように、点Eを通る任意の線分をスペクトル軌跡と交わる点まで延長すると、等エネルギー白色を等色できる単色光の補色の対をみいだすことができる。このような単色光の波長の対を補色波長対とよぶ。補色波長対は多数存在するが、単色光は純紫軌跡上に色度点をもたないため、無彩色点(無彩色の色度点)を通る直線が2点でスペクトル軌跡と交差しない場合は補色波長対が定義できない。 の破線で示す例では、波長488.0ナノメートルと593.0ナノメートルが補色波長対である。ここで、本題の三刺激値(X, Y, Z)に関する議論に戻る。分光測色法では、試料色刺激の分光分布Φ(λ)(波長の関数としての放射量の分光密度)と等色関数(λ), (λ), (λ)の積に基づいて三刺激値(X, Y, Z)を計算する。この計算で得られるのは、色覚正常な多くの被験者が規定の条件下で等色実験を行えば得られるであろうと推定される平均の等色データに基づく試料色刺激の三刺激値(X, Y, Z)である(後記の「光源が放射する光の色」の章参照)。
理論的には、三刺激値Xは試料色刺激の分光分布Φ(λ)と等色関数(λ)との積の可視域にわたる積分に基づいて定義される。三刺激値Yは(λ)を(λ)に、三刺激値Zは(λ)を(λ)に、それぞれ置き換えて、同じ形式の積分に基づいて定義される。したがって、分光分布の異なる色刺激でもこれらの積分の結果がすべて同じならば、分光分布のいかんにかかわらず、表色系の規定する特定の条件の下で、それらは同じ色に見える。たとえば、補色波長対の二つの単色光の加法混色で等エネルギー白色が等色できる。分光分布の異なる色刺激が同じ色に見える現象を条件等色とよぶ。任意の色刺激を表色系の三つの原刺激の加法混色で等色できるのは、条件等色が成り立つからである。
実用上、前記の積分は積和で近似される。近似計算に用いる波長幅は、通常、5ナノメートルである。一般の実用目的に対して、この波長幅で十分な精度が得られるとされている。なお、水銀ランプや蛍光ランプからの色刺激のように、分光分布が連続的なスペクトルの他に明らかに孤立した線スペクトルを含む場合は、波長幅5ナノメートルで近似した積分の値に線スペクトルによる寄与を加えて三刺激値を定める。
[佐藤雅子]
光源が放射する光の色
光源が放射する光の色の三刺激値(X, Y, Z)は、波長間隔5ナノメートルにおける試料光源の分光分布Φ(λ)の値、および波長間隔5ナノメートルにおける等色関数(λ), (λ), (λ)の値を用いて計算する。積和の計算に用いる係数など、計算方法の詳細は日本工業規格「JIS Z 8724:1997 色の測定方法――光源色」で定められており、同規格の付表1に波長間隔5ナノメートルにおける等色関数(λ), (λ), (λ)の値が記載されている。
分光素子や受光素子などを用いると、試料光源の分光分布Φ(λ)を測定するための装置を組み立てることができる。この種の機器に分光測色用の計算ソフトを組み合わせたシステムが種々製品化されている。このようなシステムを活用すると、試料の三刺激値(X, Y, Z)を容易に定めることができる。
色の異なる種々の色光の三刺激値(X, Y, Z)を計算して色度座標(x, y)を求め、その結果を色度図上で表すと、領域にあれば赤系統の色と推定され、その色光が青や緑などの他の系統の色に見えることはありえない。
に示すような色名の分布が得られる。この分布は、たとえば赤系統の色光、緑系統の色光というようなおよその分類によるものである。この図を参照すると、CIE表示で示された色光がおよそどのような色に見えるかの見当をつけることができる。たとえば、色度点が色名「赤」の分布における三つの点R、G、Bは、NTSC(現行のアナログ放送規格)方式のカラーテレビ受像機で定められている三原色を示す。NTSC方式のカラーテレビではこれらの三原色の加法混色によって色再現が行われる。三つのうちの二つの原色の加法混色で再現できる色は、それらの原色の色度点を結ぶ線分上に色度座標をもつ。このことから、結局、NTSC方式のカラーテレビで再現できる色度の範囲は、三原色の色度点がつくる三角形の三辺の上、ならびにその三角形の内側の領域に限られる。三角形内の色名の分布から、かなり広い範囲の色再現が可能なことがわかる。
しかし、テレビ受像機の製作にあたっては三原色の選定に種々の技術的制約を伴うため、これまでは、NTSC方式の色度点に近づけて三角形の面積をできるだけ大きくするように三原色を選ぶのが容易ではなかった。液晶テレビ(液晶ディスプレーを表示機構に採用したテレビ)、プラズマテレビ(プラズマディスプレー・パネルを表示機構に採用したテレビ)などの性能表示で、たとえば色再現範囲:NTSC比85%とあるのは、NTSC方式で再現可能な色度領域の面積(三角形の面積)に対する、当該ディスプレーで可能な面積の比が85%であることを意味する。ただし、面積比を指標として色再現の優劣を判断する場合は、xy色度図が視覚的に不均一な特性をもつことを考慮する必要がある。最近はディスプレーではNTSC比の向上が目覚ましく、また、4原色や6原色を用いて色再現領域を拡大する方式も開発されている。
ここで、参考として、表色系の基本的事項に関する説明を加えておく。XYZ表色系の原刺激[X], [Y], [Z]の色度座標は、それぞれ、(xX=1.0000, yX=0.0000)、(xY=0.0000, yY=1.0000)、(xZ=0.0000, yZ=0.0000)である。
における三つの点[X], [Y], [Z]はこれらによる色度点を表す。同図により、これら三つの点がつくる三角形の内側にスペクトル軌跡と純紫軌跡で囲まれる色度領域がすべて含まれるのが確かめられる。したがって、眼で見ることのできるすべての色はXYZ表色系の三つの原刺激[X], [Y], [Z]の加法混色で等色できる。すなわち、眼で見ることのできる色(実在する色)の三刺激値(X, Y, Z)はすべてが正の値をもち、負の値をもつことはない。実在する色の三刺激値が負の値をもたないのは、等色関数(λ), (λ), (λ)を等色実験のデータから数学的変換によって導くときに、それに先だって、まず、それまでの原刺激[R], [G], [B](赤、緑、青の三つの単色光。波長がそれぞれ700.0, 546.1, 435.8ナノメートルで、スペクトル軌跡上に色度点をもつ)を虚の色領域で選択した新たな原刺激[X], [Y], [Z](実在するすべての色の三刺激値が負の値をもたない条件を満たす)に変換したことによる。
この変換を行わなければ元の原刺激の色度点がつくる三角形の外側に色度点をもつ実在の色の三刺激値に負の値が含まれる。XYZ表色系が定義された1931年当時は、生体の応答に対応する三刺激値に負の値が含まれるのは一般に容認されがたい傾向があった。そのことを考慮し、また、実用上の便宜の観点から、結局、現行の原刺激[X], [Y], [Z]への変換が行われた。
から明らかなように原刺激[X], [Y], [Z]は虚の色であり眼で見ることができないが、三刺激値(X, Y, Z)は等色実験を行わずに分光測色法に基づく計算によって定めるので、そのことによる支障はない。なお、加法混色に関するグラスマンの法則により、原刺激[X], [Y], [Z]に基づく三刺激値(X, Y, Z)は、元の原刺激[R], [G], [B]に基づく三刺激値(R, G, B)から簡単な一次変換で導くことができる(変換式がCIEによって公表されている)。そこで、もし、CIE1931測色標準観測者(色覚正常な多くの被験者の平均の色覚特性をもつ)が原刺激[R], [G], [B](眼に見える)に基づく等色実験を行って試料色刺激の三刺激値(R, G, B)を定めたとすると、その三刺激値(R, G, B)の一次変換で得られる結果は、分光測色計算で得られる当該試料色刺激の三刺激値(X, Y, Z)と理論的に一致する。三刺激値(X, Y, Z)が等色実験を行わずに分光測色計算によって定められるのは、このような理由による。
[佐藤雅子]
照明された物体による色
照明された物体からの反射光(または透過光)の色の三刺激値(X, Y, Z)は照明光の分光分布に依存する。照明する光によって同じ物体からの反射光(または透過光)の分光分布が異なるためである。そこで、試料の反射物体(または透過物体)と1対1に対応する三刺激値(X, Y, Z)を定める目的で、照明された物体からの光の色の三刺激値(X, Y, Z)の計算には、照明光として日本工業規格「JIS Z 8720:2000 測色用標準イルミナント(標準の光)及び標準光源」の規定する測色用の光(数種類あり、目的に応じて選択する)を用いるように定められている。また、この計算では、三刺激値Yが視感反射率(または視感透過率)の意味をもつように定めた係数を用いるので、物体からの反射光(または透過光)の分光分布Φ(λ)は絶対値である必要がなく、相対値で十分である。
三刺激値(X, Y, Z)の計算には、波長間隔5ナノメートルにおける物体からの反射光(または透過光)の分光分布Φ(λ)の値、および波長間隔5ナノメートルにおける等色関数(λ), (λ), (λ)の値を用いる。反射光(または透過光)の分光分布Φ(λ)は測色用の光の分光分布S(λ)と試料物体の分光立体角反射率R(λ)(または分光立体角透過率T(λ))の積で与えられる。ここで、R(λ)(またはT(λ))は、分光反射率(または分光透過率)の一般化した概念に基づく量である(日本工業規格「JIS Z 8722:2000 色の測定方法――反射及び透過物体色」参照)。
したがって、計算の実行にあたっては、波長間隔5ナノメートルにおけるR(λ)(またはT(λ))の値、および波長間隔5ナノメートルにおけるS(λ)と等色関数(λ), (λ), (λ)の積の値を準備すればよい。計算方法の詳細は前記規格「JIS Z 8722:2000」で定められており、同規格の付表1に測色用の光のそれぞれについて、分光分布S(λ)と等色関数(λ), (λ), (λ)の積の値が重価係数S(λ)(λ), S(λ)(λ), S(λ)(λ)の値として、波長間隔5ナノメートルで記載されている。光源が放射する光の色の場合と同様に、分光立体角反射率(または分光立体角透過率)を測定する機器に分光測色用の計算ソフトを組み合わせたシステムを活用すると、試料の三刺激値(X, Y, Z)を容易に定められる。
物体からの反射光で知覚される色の例として、マンセル・カラーの色度座標(x, y)を
に示す。このデータは補助イルミナントC(測色用の光の一つで、以前は標準の光Cとよばれていた。前記規格「JIS Z 8720:2000」参照)を照明光として計算したマンセル・バリューV=5(視感反射率19.27%)のマンセル・カラーに対するものである。の中央部にある○印は補助イルミナントCと同じ色度座標をもつV=5の無彩色、すなわち中明度のグレーを表す。この無彩色点から放射状に伸びる曲線は等色相軌跡を表し、この点の周りの曲線群は等彩度軌跡(マンセル・クロマの等しい色の軌跡)を表す。この図から、マンセル・クロマの最大値は色相によって異なることがわかる。
等色相線上で最大のマンセル・クロマをもつ色の色度点を色相の順に結ぶと、
に示すように一つの閉曲線が得られる。この閉曲線は視感反射率(または視感透過率)19.27%の色が色度座標をもつことのできる色度領域の限界を示す。視感反射率(または視感透過率)19.27%の色は、この閉曲線を超えてスペクトル軌跡または純紫軌跡に至る範囲に色度座標をもつことができない。その理由は、任意の波長λにおける分光反射率(または分光透過率)が理論的に1.0を超えることができないからである。これに対して、光源が放射する光の色の場合はそのような制限がないため、スペクトル軌跡と純紫軌跡が形成する閉曲線の上ならびにその内側の領域において任意の点の色度座標をもつことができる。色度領域の限界を示す閉曲線は視感反射率(または視感透過率)に依存して系統的に変化し、また、照明光の分光分布にも依存する。CIE表示によるすべてのマンセル・カラー(マンセル・バリューV=1~9)のデータが、日本工業規格「JIS Z 8721:1993 色の表示方法――三属性による表示」の付表2に「三属性による表色系の基準」として記載されている。これらのデータは補助イルミナントCを照明光とする計算に基づく。したがって、反射物体の色が補助イルミナントCを照明光とするCIE表示で与えられた場合は、この付表に基づいて補間または補外の方法でマンセル表示を定めることにより、その物体の色がどのように見えるかを推定できる。
[佐藤雅子]
X10Y10Z10表色系
網膜の中央部に、中心窩(か)とよばれる少しくぼんだ部分(視角約4度)がある。観測者が観測面を注視するとき、その像が中心窩に得られるように眼の自動制御機構が機能する。中心窩の中心から視角縦半径6度、横半径8度の楕円状の範囲には、短波長光を選択的に吸収する黄斑(おうはん)色素が分布している。この色素は分布が均一でなく、中心窩での密度が高い。このため、視角4度を超える大きな視野ではその中心部と周辺部とで等色特性が異なり、同一色刺激の色が幾分異なって見える。このような理由から、XYZ表色系は視角4度を超える観測視野での色の表示に適合しない
CIEは1964年に、観測者の目に対して観測面の張る角が4度を超える場合に適用されるX10Y10Z10表色系を定義した。この表色系では三刺激値を表す量記号としてX10,Y10,Z10を用い、色度座標を表す量記号としてx10, y10, z10を用いる。また、分光測色計算には等色関数(λ), (λ), (λ)に替えて等色関数10(λ), 10(λ), 10(λ)を用いる。等色の特性が10(λ), 10(λ), 10(λ)に一致する仮想の観測者をCIE測色補助標準観測者とよぶ(前記)。
分光測色法によって三刺激値(X10, Y10, Z10)を定める方法は前記規格「JIS Z 8701:1999」で詳細に規定されている。等色関数10(λ), 10(λ), 10(λ)の5ナノメートル間隔の値がこの規格の付表2に記載されている。色の表示方法は基本的にXYZ表色系と共通である。ただし、三刺激値Yが明るさに対応するのに対し、Y10は対応しないという違いがある。
眼に光が入射すると明るさを知覚するが、視感効率が波長によって異なるため、同じ放射量の単色光でも波長によって明るさが違って見える。明所視(明暗と色のいずれもが識別できる明るさ環境での視覚)では、波長555ナノメートルの単色光がもっとも明るく感じられ、視感効率が最大である。視感効率の最大値が1になるように基準化して表した分光視感効率を標準比視感度とよび、量記号V(λ)で表す。
XYZ表色系の等色関数(λ)は前記のように標準比視感度V(λ)に等しい条件を満たすように導かれているので、三刺激値Yが明るさに対応する。一方、X10Y10Z10表色系の等色関数10(λ)はそのような条件を満たしていないので、三刺激値Y10は明るさに対応しない。
を参照すると、とくに、分布のピーク波長より短波長側で(λ)と10(λ)の間に明らかな差のあることがわかる。三刺激値Y10は明るさに対応しないことに留意する必要がある。[佐藤雅子]
『『JIS Z 8721:1993 色の表示方法――三属性による表示』(1993・日本規格協会)』▽『『JIS Z 8701:1999 色の表示方法――XYZ表色系及びX10Y10Z10表色系』(1999・日本規格協会)』▽『『JIS Z 8720:2000 測色用標準イルミナント(標準の光)及び標準光源』(2000・日本規格協会)』