六訂版 家庭医学大全科 「ES細胞、iPS細胞」の解説
ES細胞、iPS細胞
イーエスさいぼう、アイピーエスさいぼう
Embryonic stem cell (ES cell), Induced pluripotent stem cell (iPS cell)
(遺伝的要因による疾患)
培養可能な未分化な細胞
ES細胞は受精卵と異なり、単独では個体をつくり出すことができませんが、胚盤胞にもどすと、正常な発生過程に取り込まれてキメラマウスの一部となり、生殖細胞を含むすべての細胞に分化することができます。ちなみにキメラとは、生物学の分野では、異なった遺伝的背景をもった細胞からなる個体のことです。こうしてできたキメラマウスを交配することによって、ES細胞由来の個体を得ることができるようになるわけです。
マウスでは、相同組み替え法(ジーンターゲット法)を使って、目的の遺伝子のみを欠失させた個体をつくることがES細胞を使って可能になりました。こうしてできたマウスはノックアウトマウスと呼ばれ、遺伝子の機能解析になくてはならない手段になりました。また、欠失だけでなく遺伝子を加えたり、一部を改変した遺伝子と交換したりすることも、同じ方法で可能になっています。
ヒトでも1998年、ヒトES細胞が樹立されました。現時点では残念ながら、まだES細胞の分化を思いどおりにコントロールすることはできませんが、ES細胞を試験管内で特定の細胞群へと分化させ、治療に使おうという試みが現実味を帯びてきています。
ES細胞の問題点
こんなES細胞にも問題点があります。ES細胞が受精卵を扱うことからくる倫理的な問題です。もうひとつは、樹立されたES細胞はあくまでも他人であることからくる、拒絶反応の問題です。クローン技術を応用しても、受精卵を扱うという倫理的な問題が大きな壁でした。
iPS細胞の登場
そんななか、2006年京都大学の山中教授のグループは、ES細胞ではたらいている遺伝子のなかに、細胞の「初期化」に関与する遺伝子があるのではと考え、4個の遺伝子をマウスの皮膚細胞に導入するだけでES細胞と同じ能力をもった万能細胞をつくり出すことに、見事成功しました。この細胞はiPS細胞(induced pluripotent stem cell)と名付けられました。
翌2007年にはヒトの皮膚細胞からも同様に、全能性をもった細胞がつくり出されました。今まで謎であった細胞の初期化が、たった4つの遺伝子によって再現されたわけです。この成功がもたらした影響は絶大でした。患者さん自身の細胞が使えることにより、今までES細胞が抱えていた倫理的問題と拒絶反応の問題を、同時に解決できる可能性が出てきたのです。
開発当初、問題視されていたレトロウイルスを用いた遺伝子導入によるiPS細胞の
中野 芳朗
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報