ES細胞、iPS細胞(読み)イーエスさいぼう、アイピーエスさいぼう(その他表記)Embryonic stem cell (ES cell), Induced pluripotent stem cell (iPS cell)

六訂版 家庭医学大全科 「ES細胞、iPS細胞」の解説

ES細胞、iPS細胞
イーエスさいぼう、アイピーエスさいぼう
Embryonic stem cell (ES cell), Induced pluripotent stem cell (iPS cell)
(遺伝的要因による疾患)

培養可能な未分化な細胞

 幹細胞(かんさいぼう)(stem cell)というのは、自己複製能と分化能を同時にもった未分化細胞のことをいいます。胚性(はいせい)幹細胞(ES細胞=embryonic stem cell)は、受精後の胚盤胞期(はいばんほうき)と呼ばれる初期胚の内部細胞塊から樹立された、無限増殖能をもった培養可能な未分化細胞のことで、1981年にマウスのES細胞の樹立が報告されました。

 ES細胞は受精卵と異なり、単独では個体をつくり出すことができませんが、胚盤胞にもどすと、正常な発生過程に取り込まれてキメラマウスの一部となり、生殖細胞を含むすべての細胞に分化することができます。ちなみにキメラとは、生物学の分野では、異なった遺伝的背景をもった細胞からなる個体のことです。こうしてできたキメラマウスを交配することによって、ES細胞由来の個体を得ることができるようになるわけです。

 マウスでは、相同組み替え法(ジーンターゲット法)を使って、目的の遺伝子のみを欠失させた個体をつくることがES細胞を使って可能になりました。こうしてできたマウスはノックアウトマウスと呼ばれ、遺伝子の機能解析になくてはならない手段になりました。また、欠失だけでなく遺伝子を加えたり、一部を改変した遺伝子と交換したりすることも、同じ方法で可能になっています。

 ヒトでも1998年、ヒトES細胞が樹立されました。現時点では残念ながら、まだES細胞の分化を思いどおりにコントロールすることはできませんが、ES細胞を試験管内で特定の細胞群へと分化させ、治療に使おうという試みが現実味を帯びてきています。

ES細胞の問題点

 こんなES細胞にも問題点があります。ES細胞が受精卵を扱うことからくる倫理的な問題です。もうひとつは、樹立されたES細胞はあくまでも他人であることからくる、拒絶反応の問題です。クローン技術を応用しても、受精卵を扱うという倫理的な問題が大きな壁でした。

iPS細胞の登場

 そんななか、2006年京都大学の山中教授のグループは、ES細胞ではたらいている遺伝子のなかに、細胞の「初期化」に関与する遺伝子があるのではと考え、4個の遺伝子をマウスの皮膚細胞に導入するだけでES細胞と同じ能力をもった万能細胞をつくり出すことに、見事成功しました。この細胞はiPS細胞(induced pluripotent stem cell)と名付けられました。

 翌2007年にはヒトの皮膚細胞からも同様に、全能性をもった細胞がつくり出されました。今まで謎であった細胞の初期化が、たった4つの遺伝子によって再現されたわけです。この成功がもたらした影響は絶大でした。患者さん自身の細胞が使えることにより、今までES細胞が抱えていた倫理的問題と拒絶反応の問題を、同時に解決できる可能性が出てきたのです。

 開発当初、問題視されていたレトロウイルスを用いた遺伝子導入によるiPS細胞の腫瘍化(しゅようか)の問題も、多くの研究者の努力の結果、解消されつつあります。今後iPS細胞は、ES細胞と同様に、再生医療において重要な役割を果たしていくことは、間違いないと思われます。

中野 芳朗

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

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