翻訳|chimera
ギリシア神話にでてくるライオンの頭とヤギの胴とヘビの尾をもつ怪物キマイラの名にちなむもので,1916年にウィンクラーH.Winklerがトマトとイヌホオズキの間で実験的に作りだした接木体をキメラと呼んで以来,生物学上の術語となった。生物学ではキメラとは親が三つ以上(つまり両親のほかにもう一つ以上親が必要)あり,二つ以上の遺伝的に異なった細胞から成る生物個体を指す。
植物でキメラを作るには,ふつう接木が用いられる。台木と接穂が癒着してからその部分を切断すると,切口に傷をなおす新しい組織を生じ,そこから新しい芽が発生する。その芽の中には,接穂と台木の両方から由来した細胞が,さまざまの状態で混在したキメラが作られることになる。植物のキメラは区分キメラ,周辺区分キメラ,周辺キメラに大別される。古くから有名なキメラの実例としてアダムノエニシダCytisus adamiまたはLaburum adamiと呼ばれる植物がある。これは1829年にアダムAdamという庭師がベニバナエニシダCytisus purpureusの芽をキバナフジLaburum vulgareの台木に接いで作ったものであって,挿木によって繁殖させ広く観賞用に栽培された。
動物では若い胚の時期に,別の個体の細胞を移植すると,宿主は移植された細胞を終生受け入れるので,容易にキメラを作ることができる。成体の場合では,宿主をあらかじめ放射線で照射してから移植を行ってキメラが作られる。キメラの作出は,動物の発生や免疫の研究のための有力な手段となっている。かつては胚の移植でキメラを作る実験を哺乳類で行うのが困難であったが,現在では遺伝的に異なった二つ以上のマウスの胚を試験管内で融合させ,これを子宮内に戻して発生させてキメラマウスを作る実験が可能で,多方面の研究に用いられている。
なお,一個体の中である細胞が突然変異を起こすことによって,二つしか親をもたない個体ででも,二つ以上の異なった遺伝資質をもった細胞からなるものができることがある。これはモザイクmosaicと呼んで,キメラとは区別し,とくに性形質にかかわるものを雌雄モザイクと呼んでいる。
執筆者:岡田 節人+阪本 寧男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
生物学で、同一個体のなかに遺伝子型の異なる組織が互いに接触して存在する現象をいう。とくに植物について用い、動物の場合はモザイクということが多い。キメラの語源はギリシア神話に登場する合成怪物キマイラChimairaによる。
植物でキメラをつくらせるには、異種の植物間で接木(つぎき)を行ってから、接木の部分でこれを切断し、そこから幼芽を出させる。そうすると芽の中に、接穂(ほ)(接ぐほうの芽や枝など)に由来する組織と台木(だいぎ)(接がれる根のほう)に由来する組織が混在するキメラが生ずる。混在の仕方はさまざまで、一方の組織が軸の中心部までくさび状に入り込んでいる区分キメラ、軸を取り巻く周辺組織にだけ一方の組織が存在する周縁キメラ、あるいはその両方が組み合わさった周縁区分キメラなどがある。実験的には、トマトとイヌホオズキの間でつくられた種々のキメラがある。
遺伝子型の質的違いによるキメラのほか、染色体数の相違によるキメラがあり、染色体キメラあるいは混数性などとよばれる。染色体キメラはコルヒチン(アルカロイドの一種)処理によって人工的につくることができる。
広義には、斑(ふ)入りや枝がわり(芽条突然変異)もキメラの一種で、実用価値の高い品種が得られる。
[吉田精一]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
異種の分子または個体の部分が寄り集まって一つの分子または個体になったもの.受精卵を操作すると得られるキメラ動物や,遺伝子工学的につくり出されるキメラタンパク質などがある.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
…接木によって台木が接穂の形質に影響をおよぼす接木雑種graft hybridを指すことが多い。接木雑種は子孫にまで遺伝質の変化が伝わる場合と,接木を行った世代だけに両親の影響が現れるキメラの場合とがある。キメラでも栄養繁殖させれば,栄養系が増えていくだけなので,たくさんの栄養系の個体群に両親の影響を維持させることができる。…
※「キメラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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