デジタル大辞泉 「診療報酬」の意味・読み・例文・類語
しんりょう‐ほうしゅう〔シンレウホウシウ〕【診療報酬】
[補説]国民の約4割が加入する国民健康保険は市町村(特別区)が保険者(経営の主体)であるため、診療報酬の増額は地方財政を圧迫することになる。一方、地方の医師不足や医療機関の疲弊が深刻化しており、診療報酬の引き上げを求める声もある。また、診療報酬は、手術や検査などの「本体部分」と「薬価部分」の二つに分類して改定が議論されている。
患者が公的医療保険を使って医療サービスを受けた際、病院や薬局などに支払われる公定価格。医師や薬剤師らの技術料や人件費に当たる「本体」と、薬の価格「薬価」から成る。改定率は政府が年末の予算編成過程で決める。介護と障害福祉サービスの報酬改定は3年に1度。2024年度は3報酬同時改定となり、利用者や財政への影響が大きい。
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診療所や病院または薬局が行った医療サービスに対する報酬。公的医療保険(以下、「医療保険」という)のもとでは、病院、診療所、薬局などの保険医療機関が保険診療(診療、検査、投薬など)を行った場合に、その対価として保険者から医療機関に支払われる法定の報酬をいう。この診療報酬は一般に、医療技術・サービスの評価(診療報酬本体ともいう)と物の評価(医薬品は薬価基準、医療材料は材料価格基準で定められる。以下、両者をあわせて「薬価等」という)に区分される。また、診療報酬は、保険診療の範囲・内容を定める「品目表としての性格」と、個々の医療行為または一定範囲の医療行為の価格を定める「価格表としての性格」を有している。
[土田武史 2023年9月20日]
医療保険が成立するまでの自由診療の時代には、診療報酬は患者から医師に対する個人的な謝礼という形から、しだいに地域・診療科・医師の経験や資格等を基準に慣行料金(医師団体などが最低料金を規定する場合が多い)が形成されていった。
日本では1927年(昭和2)に健康保険法が施行されたのに伴って、診療報酬が公定料金として規定されることとなり、政府管掌健康保険では政府と日本医師会の診療報酬契約により人頭請負方式が採用された。これは、政府が被保険者数に基づき診療報酬総額(年額)を日本医師会に一括して支払い、日本医師会はこれを各都道府県医師会に配分し、それぞれの医師会が診療内容と稼働量を点数化した診療報酬点数表を作成して、稼働点数に応じた報酬を各医師に支払うというものである。組合管掌健康保険では、健康保険組合が個別に医師会と人頭請負式、定額式、時価式などによって診療報酬契約を結んだ。1943年に戦時体制のもとで人頭請負方式は廃止され、厚生大臣(現、厚生労働大臣)が医師会などの意見を聴取して診療報酬を定めることとなり、医療行為ごとに価格を定めた定額単価制が導入された。
第二次世界大戦後、名存実亡状態に陥っていた医療保険の再建に向けて、1948年(昭和23)に診療報酬の審査・支払いを円滑に行うために社会保険診療報酬支払基金が創設され、1950年には診療報酬にかかわる厚生大臣の諮問機関として中央社会保険医療協議会(中医協)が創設され、保険診療の範囲の拡大と報酬の引上げが図られた。さらに1958年には現行の診療報酬体系の基となる新医療費体系が導入され、1点単価を10円とし、医療費の改定は1点単価を固定したまま医療行為ごとの点数を変更していくこととなった。当初は、医療技術を重視した甲表(おもに病院が採用)と従来方式の乙表(おもに診療所が採用)の二つの点数表がつくられたが、1994年度(平成6)の診療報酬改定で一つの点数表にまとめられた。診療報酬の改定は、当初1年に数回行われたこともあったが、1990年代以降は2年ごとの改定が通例となっている。
1990年代中ごろから高齢化の進展、受診率の上昇、医療技術の高度化などを背景に医療費が増大するなかで、高齢化社会に対応した医療の提供と医療費増大の抑制を図るために、高齢者医療制度や医療提供体制の改革と並んで、診療報酬体系の改革を求める声が強くなった。また、診療報酬が単に医療費水準を左右するだけではなく、医療サービスの提供と利用のあり方に強い影響を及ぼすことへの認識が深まり、そうした方向からも診療報酬体系の改革が求められた。このような状況を背景に2002年度(平成14)の診療報酬改定から診療報酬体系の改革が着手され、2003年に急性期入院医療を対象に診断群分類別の包括医療費支払い制度であるDPC(詳しくは後述)が導入された。2004年度改定では療養病床やリハビリテーションなどの診療報酬について改革が行われた。
2004年に中医協を舞台にした日本歯科医師会の贈収賄事件が発覚し、中医協委員が逮捕されるなどの不祥事を重く受け止めた結果、2005年に中医協の委員構成や任期、診療報酬改定のあり方などが抜本的に改められた(詳しくは後述)。診療報酬改定については、内閣が予算編成過程において改定率を決定し、また社会保障審議会医療保険部会および医療部会が改定の基本方針を定め、中医協はそれらの改定率と基本方針に即して診療報酬点数の設定を行うこととされた。これにより、中医協が有していた診療報酬改定率の決定権が失われ、厚労省および財務省の意向が強く反映されるようになった。
中医協改革後、2006年度の診療報酬改定では、内閣から財政改革の一環として、診療報酬本体が-1.36%、薬価等を含む全体改定率が-3.16%という史上最大の下げ幅となる改定率が示された。改定内容については、急性期医療の実態に即した看護師の配置に向けて「7対1入院基本料」(昼夜を平均して患者7人に看護師1人を配置)の創設、医療機能の分化と連携を推進する視点から24時間往診と訪問看護を提供する「在宅療養支援診療所」制度の新設、リハビリテーションについて疾患別リハビリテーション料の逓減(ていげん)制、慢性期療養病床の包括評価制の導入などが行われた。診療報酬が大幅に引き下げられたことに加えて、新たな研修医制度が導入されたことから、2006年には地方病院の閉鎖や医師不足、看護師不足など医療崩壊ともいえる状況が現出し、大きな社会問題となり、中医協でもその対応を迫られた。
2008年度診療報酬改定では、深刻な問題となっていた産科・小児科をはじめとする病院勤務医の負担軽減が大きな課題となり、ハイリスク分娩(ぶんべん)管理加算の引上げ、小児入院医療や外来医療の評価の引上げなどのほか、メディカルクラーク(医師の事務作業の補助職員)の導入などが講じられた。また、7対1入院基本料を導入する医療機関の増大によって顕在化した看護師不足問題に対処するため、10対1入院基本料の引上げ、看護必要度の測定基準の導入などが行われた。また、リハビリ難民を招くとして批判された疾患別リハビリテーション料逓減制が廃止され、脳血管疾患等リハビリテーション料が新設された。
続いて2010年度改定では、診療報酬の全体改定率が10年ぶりのプラスとなる+0.19%(診療報酬本体は+1.55%)の引上げ幅となった。また、病院勤務医の負担軽減、救急・産科・小児科等の医療の再建、介護保険との機能分化と連携強化などを重視する改定も行われた。2012年度改定では、介護報酬との同時改定であることも踏まえて、医療従事者の負担軽減、医療と介護の機能分化と連携、在宅医療の充実、がん・認知症などへの重点配分が図られた。診療報酬本体の改定率は+1.38%、全体改定率は+0.004%であった。
2013年の社会保障制度改革国民会議の報告を受けて行われた医療・介護分野の改革においては、地域包括ケアシステムの構築に向けて入院医療・外来医療を含めた医療機関の機能分化と相互の連携の強化、在宅医療の充実が進められることとなり、診療報酬改定においてもそうした政策に即した対応が図られることとなった。具体的には診療報酬を通じて急性期・亜急性期・慢性期等に対応した病院の機能分化と相互の連携を図ること、主治医機能を高めること、在宅医療を担う医療機関を確保すること、医療と介護の連携を進めることなどがあげられる。2014年度の診療報酬の全体改定率は+0.10%(診療報酬本体は+0.73%、薬価等は-0.63%)としたが、2014年4月に消費税率が5%から8%に引き上げられたことに伴う医療機関等の課税仕入れコストにかかるコスト増に対応する補填(ほてん)措置が講じられたので、この補填分を差し引くと実質は-1.26%となった。
2016年度改定は、「骨太の方針2015」に沿って社会保障全体の伸びを高齢化による費用増加分の範囲内に抑えるという観点から行われた。診療報酬本体の改定率は前回よりも低く+0.49%、全体改定率が-0.84%となった。そこでは年間販売額が巨額になったC型肝炎治療薬ソホスブビル(商品名「ソバルディ」)とレジパスビル(商品名「ハーボニー」)およびその類似薬の価格について「市場拡大再算定の特例引下げ」(詳しくは「薬価基準」の項目を参照)を行ったことが、「骨太の方針2015」に沿った費用抑制に寄与したとされている。また、2016年12月に中医協は、革新的かつ非常に高額な医薬品が開発されてきていることに対して、現行の薬価制度が柔軟に対応できておらず、国民負担や医療保険制度に与える影響が懸念されるとして、「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」を策定した。それにより2年ごとに行われてきた薬価調査に加えて、その中間年に大手事業者を対象に調査を行い、価格乖離(かいり)の大きい品目について薬価調査を行うこととなった。
2018年度改定は、6年に一度の介護報酬および障害福祉サービス報酬との同時改定となった。診療報酬では、医療機能の分化と連携が最重要課題とされ、在宅医療・在宅看護の充実、入院医療の実績に応じた報酬体系の強化、大病院での紹介状なし受診料の引上げ、後発医薬品の使用促進などが図られた。診療報酬の本体改定率が+0.55%、薬価等が-1.74%で、全体改定率は-1.19%となった。
2019年(令和1)10月に消費税率が10%に引き上げられたことで、社会保障制度改革国民会議報告に対応した改革は終了したものとされた。今後の医療政策では高齢者数が最大となる2040年ごろの医療保険制度を展望し、増大かつ多様化する医療・介護ニーズに対応するとともに医療・介護サービスの効率を向上させ、同時に医師をはじめ医療・介護分野の人材確保を図ることが重要な課題とされた。おりから人口減少・高齢化社会における働き方改革が大きな政策課題として取り上げられ、医療分野でも医師の長時間労働の是正、医療・介護サービスの効率の向上、ICT(情報通信技術)の活用などが取り上げられた。
そうした動きに対応して2020年度診療報酬改定では、基本方針として、(1)医療従事者の負担軽減、医師等の働き方改革の推進(長時間労働の改善、救急医療体制の強化、ICTの活用など)、(2)患者・国民にとって身近で安心できる質の高い医療の実現(かかりつけ医機能の強化、患者への情報提供・相談機能の強化など)、(3)医療機能の分化・強化、連携と地域包括ケアシステムの推進(外来機能、在宅医療・訪問介護、患者の状態に応じた入院医療などの強化)、(4)効率化・適正化を通じた制度の安定性・持続可能性の向上(後発医薬品やバイオ後続品の使用促進、費用対効果評価の推進、医薬品の適正使用の促進など)があげられた。改定率は、診療報酬本体が+0.55%で、そのうち0.08%が消費税財源による救急病院勤務医の働き方改革への助成であり、薬価等は-1.01%であった。
2022年度の診療報酬改定では、「改革にあたっての基本認識」として、新型コロナウイルス感染症(COVID(コビッド)-19)の拡大により、医療提供体制に多大な影響が生じ、地域医療のさまざまな課題が浮き彫りとなり、地域における外来・入院・在宅にわたる医療機能の分化・強化、連携等の重要性が改めて認識されることとなった。まずは足下の新型コロナウイルス感染症対応に全力を注いでいくことが重要としたうえで、平時と緊急時で医療提供体制を柔軟に切り替えるなど円滑かつ効果的に対応できる体制を確保していく必要があるとされた。
また、同時に、健康寿命の延伸、人生100年時代に向けた「全世代型社会保障」の実現、患者・国民に身近で安心・安全で質の高い医療の実現を取り上げている(そのなかで医師等の働き方改革等の推進、デジタル化の遅れへの対応、医薬品・医療機器等の開発力の強化を指摘している)。さらに、社会保障制度の安定性・持続可能性の確保、経済・財政との調和を図りつつ、より効率的・効果的な医療政策を実現し、社会保障制度に対する国民の納得感を高めることが不可欠であるとされた。
改定の基本的視点と具体的方向性については、(1)新型コロナウイルス感染症等にも対応できる効率的・効果的で質の高い医療提供体制の構築、(2)安心・安全で質の高い医療の実現のための医師等の働き方改革等の推進、(3)患者・国民に身近であって、安心・安全で質の高い医療の実現、(4)効率化・適正化を通じた制度の安定性・持続可能性の向上が指摘されている(「新型コロナウイルス感染症への対応」については後述)。
[土田武史 2023年9月20日]
診療報酬の支払方式は、出来高払方式、包括払方式、請負払方式の三つに大別される。
出来高払方式(Fee for Service)は個々の医療行為について点数を定め、その点数の総和に1点単価を乗じて診療報酬を算定する方式(点数単価方式)である。医療行為にきめ細かく対応し、医師の経済的インセンティブ(誘因)を高めることによって積極的な診療を促すという長所がある反面、医師の技術格差や医療機関のサービスの差異が反映されないこと、過度の検査や投薬あるいは長期入院などを招きやすいこと、請求・審査・支払事務が煩雑であることなどの短所も指摘されている。
包括払方式は、医療行為の一定範囲を包括して評価する方式で、1件当り包括払方式(Per Case Payment)と1日当り包括払方式(Per Day Payment)が代表的なものである。1件当り包括払方式は、同じ疾病グループについて入院から退院まで一括して定額で支払うもので、このグループ分けは一般に傷病名と医療行為の組合せにより患者を分類する診断群分類(DRG:Diagnosis Related Group)が用いられる。アメリカのDRGが代表的なものであるが、診断群が特定されると診療報酬を前払いする方式(PPS:Prospective Payment System)と組み合わせて、DRG/PPSとして実施されている。この方式は、得られる診療報酬よりも、より安価で診療を終えた場合に利益が増すため、医療費の抑制効果は大きいが、在院日数を短縮したり検査や薬剤を必要最小限に抑えたりするという動機づけの働くため、粗診粗療に陥るリスクがある。1日当り包括払方式は、個々の医療行為をまとめて1日当りの定額で支払う方式である。日本では急性期病床と療養病床にこの方式が導入されている。1日単位でみると医療の投入量を抑制する効果があるが、在院日数を短縮する動機づけの弱いことが指摘されている。
請負払方式は、住民がそれぞれ特定の医師ないしは診療所を家庭医として登録し、その登録者数に応じて国または保険者が医師または診療所に医療費を支払い、住民が病気にかかったときには家庭医が無料で治療を行うという方式が代表的なもので、登録人頭払方式ともいわれる。イギリスの国民保健サービス(NHS:National Health Service)がその典型である。また、ドイツでは入院医療を除く診療報酬について、保険料総額と連邦補助金を管理している医療基金が各州の保険者ごとに被保険者の性別・年齢・罹患(りかん)している疾病等により算定した診療報酬の総額を各州の保険医団体に支払い(総額請負払方式)、保険医団体は各医師の診療報酬を出来高払いで支払うという方式をとっている。なお、ヨーロッパ諸国の入院医療は一般にDRG方式を導入している。
日本では第二次世界大戦後、点数単価出来高払方式を基本としてきたが、2003年に大学病院等の特定機能病院において急性期入院医療を対象として診断群分類に基づく1日当り包括払制度(DPC/PDPS:Diagnosis Procedure Combination/Per Diem Payment System。一般にDPCと称される)が試行実施された。これは日本で開発された方式で、医療行為のうち入院基本料、検査、画像診断、投薬、簡単な処置などホスピタルフィー的なものについて診断群ごとに1日単価を定め、それに入院日数と病院ごとの係数を乗じて費用を算定するものである(手術、麻酔、放射線治療などドクターフィー的な医療行為は出来高払方式で算定する)。1日単価は入院日数によって格差がつけられ、入院期間を短くする誘因が設けられており、事実、入院日数は減少しているが、入院日数短縮による医療費削減効果は大きくない。むしろ、DPCの導入によって医療の透明化と医療情報の標準化を促し、集積した医療情報を活用して医療の標準化や地域医療の構築に寄与していくことに意義があるとする意見も多い。DPCの対象病院は2003年度に82病院であったが、その後急速に拡大し、2006年度に360病院、2012年度1505病院、2018年度1730病院、2022年度1764病院となっている。2022年度のDPC対象病院の病床数は約48万床、DPC準備病院が約2.2万床で、急性期一般入院基本料等に該当する病床の8割以上を占めるに至っている。
また、2006年度の診療報酬改定で慢性期入院医療にも包括払方式が導入された。療養病床について、医療必要度による区分とADL(日常生活動作)による区分の組合せにより1日当り包括評価を行うものであるが、医療必要度の低い者の評価が下げられ、介護保険への移行を促すものとされた。しかし、介護保険適用の療養病床の対応が不十分であることなどから、在宅療養へと促されている。その他、診療報酬改革においては、病院における看護師の配置基準の見直しによる機能別病床数の整備をはじめ、予防やプライマリ・ケア機能の重視、生活習慣病への対応強化、在宅医療の推進、主治医機能の強化等が課題となっている。
2006年度診療報酬改定をめぐる中医協の議論において、患者への領収書とレセプト(診療報酬請求明細書)の発行の義務化が取り上げられ、医療機関に対して領収書の発行が義務づけられた。続いて2008年度改定で患者の申し出があった場合にレセプトの発行が義務づけられ(実費徴収可)、2010年度改定で医療機関、薬局についてレセプトの無料発行が義務づけられた。
また、2010年ごろから中医協において費用対効果評価の活用が検討されるようになり、2012年に中医協に「費用対効果評価専門部会」が設置された。2016年から医薬品および医療材料において費用対効果評価の試行が始められ、その本格的な制度化に向けての検討が行われたが、さまざまな異なる意見が出され、2018年にはさらなる議論が必要との報告となった。中医協はその後も検討を進め、2019年に費用対効果評価制度の本格運用が開始されたが、そこでは研究者や製薬企業等からの意見も踏まえて、評価の結果を保険償還の可否の判断に用いるのではなく、いったん保険収載したうえで価格の調整に用いることとされた。評価すべき倫理的・社会的考慮要素に該当する品目の要件として、(1)感染症対策といった公衆衛生的観点での有用性、(2)公的医療の立場からの分析には含まれていない追加的な費用、(3)重篤な患者でQOL(クオリティ・オブ・ライフ)は大きく向上しないが生存期間が延長する治療、(4)代替治療が十分に存在しない疾患の治療、という4品目があげられた。2019年度に4品目が対象品目として選定され、続いて2020年度は8品目、2021年度は15品目、2022年度は10品目が選定されている。
[土田武史 2023年9月20日]
2019年12月に中国の武漢(ぶかん)市で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID(コビッド)-19)は、急速に世界各国に拡大した。2020年1月に日本にも感染の波が襲来し、その対応が求められるなかで、政府内に設けられた対策本部は1月28日に新型コロナウイルス感染症を2類感染症(鳥インフルエンザ、結核、SARS(サーズ)などと同等)に指定した。1月30日にはWHO(世界保健機関)が新型コロナウイルス感染症について「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」だと宣言し、その後、世界的な感染拡大の状況から3月11日に「パンデミック(世界的な大流行)」とみなせると発表した。
こうしたなかで政府が講じた対応策のうち、診療報酬に関連したおもな対応としては、以下のようなことがあげられる。
〔1〕入院の場合
(1)救命救急入院料、特定集中治療室管理料またはハイケアユニット入院管理料を算定する病棟において、ICU(集中治療室)等における管理が必要な重症の新型コロナウイルス感染症患者については、算定額を2倍に引上げ(その後さらに3倍に引上げ。1日当り点数は+8448~+3万2634点)、(2)中等症患者等の入院については救急医療管理料を4倍~6倍に引上げ(1日当り点数は3800~5700点)、(3)急性期病棟以外でコロナ回復患者を受け入れた場合、1日当り750点(さらに30日目までは+1900点、その後90日目まで+950点)、(4)感染対策を講じた診療に対して1日当り250点~1000点、(5)個室での管理に対して1日当り300点、(6)必要な感染予防策を講じたうえでリハビリテーションを実施した場合、1日当り250点、(7)コロナウイルス感染症患者を受け入れたことにより医療法上の許可病床を超過する場合に、診療報酬の減額措置を行わない、(8)会議室等病棟以外の場所に入院させた場合には、必要とされる診療が行われている限り、当該患者が本来入院すべき病棟の入院基本料を算定することとした。
〔2〕外来の場合
(1)空間分離・時間分離に必要な人員、PPE(個人用防護具。ガウン、手袋、マスクなど)等の感染対策を評価したうえで受入患者を限定しないことを評価(300点)、(2)届出の簡略化など状況変化を踏まえた見直しに伴い、医療機関が実施する入院調整等を評価(発熱外来の標榜(ひょうぼう)・公表を要件として250点、初診を含めコロナ患者の診療を行う場合950点、治療薬ロナブリープ投与時の場合は2850点)。
〔3〕在宅の場合
(1)緊急の往診は2850点、(2)介護保険施設等への緊急往診は2850点、(3)往診時の感染対策を評価(コロナ疑いおよび確定患者への往診に対して300点)。
〔4〕歯科の場合
治療の延期が困難なコロナ患者に対して歯科治療を実施した場合、298点。
〔5〕調剤の場合
コロナ患者への服薬指導等を評価。自宅・宿泊療養患者に薬剤を届けたうえでの訪問対面による服薬指導に対して500点、電話等による服薬指導に対して200点とした。
2023年1月28日、政府は新型コロナウイルス感染症の感染が収まってきたとして、2023年5月8日から新型コロナウイルス感染症を2類感染症から5類感染症(インフルエンザ、ウイルス性肝炎、梅毒、百日咳(ひゃくにちぜき)などと同等)に移行させる方針を示した。新型コロナウイルス感染症は8回にわたる感染拡大の波を生じてきたが、2023年5月初めに推計された新型コロナウイルス感染症による国内の死亡者総数は約7万5000人、感染者総数は約3380万人に上った。また、5月5日にWHOは「新型コロナウイルス感染症は直接的な緊急事態を終了した」とする宣言を発した。
2023年5月8日、新型コロナウイルス感染症は5類感染症に移行した。それに伴い、新型コロナの時限的・特例的な取扱いに伴う診療報酬上の取扱いは2023年7月31日をもって終了することとなった。その際、2023年8月以降に電話やオンラインによる診療を行う場合の診療報酬については、7月31日までに施設基準を届け出て指針に沿った診療を行う場合は、2023年8月1日以降も、初診が251点(対面の場合288点)、再診で情報通信機器を用いたときは再診料73点・外来診療料73点とし、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に際しての時限的・特例的な取扱いに基づくオンライン診療については、初診214点、再診73点とされた。
新型コロナウイルス感染症は5類感染症とされたが、その後も感染拡大の傾向が続いており、今後の対応が注目されている。
[土田武史 2023年9月20日]
『二木立著『90年代の医療と診療報酬』(1992・勁草書房)』▽『青柳精一著『診療報酬の歴史』(1996・思文閣出版)』▽『岩下清子・奥村元子・石田昌宏・野村陽子・神田裕二・皆川尚史著『診療報酬――その仕組みと看護の評価』第6版(2004・日本看護協会出版会)』▽『遠藤久夫・池上直己編著『医療保険・診療報酬制度』(2005・勁草書房)』▽『池上直己著『日本の医療と介護――歴史と構造、そして改革の方向性』(2017・日本経済新聞出版社)』▽『西山正徳著『現代診療報酬の史的考察――進化する診療報酬』(2019・社会保険研究所)』▽『吉原健二・和田勝著『日本医療保険制度史』第3版(2020・東洋経済新報社)』▽『社会保険診療研究会編著『医師のための保険診療入門2022』(2022・じほう)』▽『『医科点数表の解釈』(2022・社会保険研究所)』
医師が患者を診療した際の対価としての医療費。
医療保険がまだなかった自由診療の時代には,医師と患者は直接契約で,診療報酬は謝礼という形で支払われた。この形は医業に対し自由職業という性質を付与したものであった。1874年に制定された,日本ではじめての統一医療制度としての〈医制〉は,医師が薬を売ることを禁じ,医師は処方書を病家に渡して相当の診察料を受け,もし病家が診察料を払わないときは医師の申立てをもって医務取締りおよび区戸長がこれを取り立てる旨を規定していた。しかし,当時は漢方医のほうが多かったため診療報酬は薬価として徴収され,しかも多くは家庭医であったから,盆暮れの謝礼をもってこれに代えることが多かった。また,当時は洋医といえどももっぱら薬剤が治療の方法であり,医制で定めた医薬分業は事実上行われなかった。
開業医制度は日清戦争以後大きく発達した。この時代の診療報酬は開業医のいわゆる慣行料金によっていたもので,医師会がその最低料金を規定していた。しかし慣行料金以上の料金を請求する医師は少数に限られていた。
診療報酬が公定料金として登場したのは1927年に健康保険の給付が開始されてからである。以来健康保険の診療報酬が他の医療費支払制度にも準用されるようになった。
健康保険の診療報酬支払制度は制度創設以来数多の改革を経ているが,次の3期に区分される。
(1)第1期(請負時代) 健康保険創設当初は政府管掌健康保険の保険者たる政府は,当時公法人であった大日本医師会,歯科医師会と人頭請負契約を結び,官公立病院とはそれぞれ別に契約を結んでいた。健康保険組合はまた個々に医師会と人頭請負式,定額式あるいは時価式などによって診療契約を結んでいた。医師会は政府からの支払額を都道府県医師会を通じて保険医に分配するため診療報酬点数表をつくり,それによって計算された稼働点数に按分して診療報酬を配分した。1点単価は1938年ごろおおむね13銭内外であって,最初予定されていた20銭をはるかに下回り健康保険診療の質の低下が憂慮されるに至った。人頭請負式の後年には政府はいろいろな名目で給付の引上げを図り,ついに43年健康保険法の改正によって単価を定額とし単価改正時代に入ることになる。
(2)第2期(単価改正時代) 1940年に施行された職員健康保険法では診療報酬は厚生大臣の定めるところによるとされた。これに基づき厚生大臣は1点単価を20銭と定め,診療報酬点数表は日本医師会および日本歯科医師会で定めた点数計算規定によることとした。43年健康保険が職員健康保険を統合して定額単価制となるにあたって,人頭請負式は勤労定額式報酬制に改められた。この改正で療養の給付は地方長官が指定する保険医,保険薬剤師が担当することとなり,ほかに保険者が診療を委託する〈保険者の指定する者〉が設けられた。保険医,保険薬剤師の診療報酬は厚生大臣が定めることとなったが,厚生大臣が点数表および1点単価を定めるにあたっては日本医師会,日本歯科医師会の意見を聞くことが法律で定められた。その後厚生大臣の諮問機関として社会保険診療報酬算定協議会が設けられ,50年この協議会は中央社会保険医療協議会に吸収され今日に及んでいる。したがって現在では社会保険診療報酬の価格は,厚生大臣が中央社会保険医療協議会の意見を聞いて定めることになっている。この時代は点数表に定められた診療行為の点数は行為間のバランスを示し,単価は物価賃金など経済指標にあわせて改正されたが,戦後のインフレのため1943年まで20銭であった単価は数次の改正によって51年甲地12円50銭,乙地11円50銭となってようやく落ち着いた。
(3)第3期(合理化時代) 58年,新医療費体系によって診療報酬の改訂が行われたが,新医療費体系を生んだ直接の契機は1957年施行の医薬分業についての法改正であった。それまでの診療報酬体系では,診察料に相当する技術料は薬治料・注射料として支払われていた。医薬分業を実施するにあたって医師の技術料を薬治料から分離することが必要であった。新医療費体系は,それまで物の価格に埋没していた技術料を分離して技術料を高く評価しようと試みた診療報酬体系であった。この新医療費体系に基づく診療報酬点数表は進歩的ではあったが,それまで投薬や注射で大部分の収入を得ていた一般開業医の収入を抑えることになり,改革の時点で8.5%の医療費の引上げがあったにもかかわらず収入減が見込まれる医療機関が続出した。このため医師会の猛反対にあい,妥協の産物として点数表は甲乙2表に分離されることになった。
新医療費体系に基づく点数改正は58年10月1日より実施された。その改正の要点は,(a)診療報酬を全体として8.5%引き上げる。(b)単価は10円とする。甲地(大都市),乙地(その他)の地域差は従来の8.5%からおおむね5%に縮小する(この地域差は1963年に廃止された)。(c)点数表は新医療費体系による合理化と事務の簡素化とを極力とり入れた甲表と,従来の形式の乙表の2表を作り保険医療機関はいずれかを自由選択することとなった。その後甲乙2表の点数表は単価を10円に固定したまま二十数回の改正が行われているが,甲乙とも技術科を中心に引上げが行われた結果,甲乙の相違は次第に狭まり,1994年には甲乙は一本化された。
近年,日本経済の基調が変化する一方,高齢化の急速な進展や医療技術の発展等によって医療費の増大がみられ,国民医療費の国民所得に占める割合も7%をこえ,また医療保険制度の財政は大幅な赤字構造となり,このままでは国民皆保険体制の崩壊も懸念されるような危機的状況が生まれてきている。このなかで診療報酬体系や薬価基準等のあり方が改めて問い直されてきている。そして従来の出来高払い中心の体系を,定額(包括)払いを積極的に活用する方式にすることや,医療担当者の技術料と医業経営の投資的費用の評価のあり方の見直し等が課題とされている。
執筆者:大村 潤四郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
(梶本章 朝日新聞記者 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…次に政府が直接管理する社会保険については,社会保険審議会,中央職業安定審議会,国民年金審議会などの審議会制度が設けられ,被保険者と事業主の代表が公益代表とともに重要事項の審議に参加する。社会保険医療の診療報酬は,厚生大臣が中央社会保険医療協議会にはかって定める。医療を担当した医師等は,社会保険診療報酬支払基金に請求し,その審査を経て診療報酬の支払を受ける。…
※「診療報酬」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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