日本大百科全書(ニッポニカ) 「転移RNA」の意味・わかりやすい解説
転移RNA
てんいあーるえぬえー
transfer RNA
細胞内に大量に存在するRNA(リボ核酸)の一種で、アミノ酸を結合し、タンパク質の合成の場(リボソーム)に供給する。転移RNAという名称は、この働きに由来し、運搬RNA、トランスファーRNAともよばれる。欧文表記のtransfer RNAから、tRNAと略記する。遺伝情報の翻訳、すなわちメッセンジャーRNA(mRNA)のヌクレオチド配列をアミノ酸に置換する操作を行う。遺伝暗号(コドン)と相補性のある三ヌクレオチド(アンチコドン)を含む約70~100ヌクレオチドからなり、分子量約2万~3万、分子沈降速度定数から4S-RNAともよばれる。それぞれのtRNAはアミノアシルtRNA合成酵素により遺伝暗号に対応したアミノ酸を結合することができる。リボソーム上でmRNAのコドンとtRNAのアンチコドンが対応し、tRNAに結合していたアミノ酸が重合してタンパク質が合成される。20種類のアミノ酸それぞれに対して数種類のtRNAがあり、リボソームを構成するRNA(リボソームRNA、rRNA)とともに細胞内のRNAの大部分を占めている。とくにリボソームRNAに比べ低分子量で細胞抽出液を分別する可溶性画分(かようせいかくぶん)にあることから、可溶性RNA(soluble RNA略してsRNA)ともよばれている。
1965年アメリカのR・W・ホリーら(1968年にノーベル医学生理学賞受賞)によって酵母のアラニン特異的tRNAのヌクレオチド配列が決定され、1970年にはH・G・コラーナのグループによって大腸菌のチロシン特異的tRNAの遺伝子が完全合成された。現在では、さまざまな生物種から得られた各種のtRNAのヌクレオチド配列が知られ、いずれもクローバーの葉型の二次構造を組むことができる。1973~1974年にイギリスのA・クルーグらおよびアメリカのリッチAlexander Rich(1924―2015)らは独立に酵母のフェニルアラニン特異的tRNAのX線結晶回折を行い、クローバーの葉型の構造はさらに二つ折りたたまれL字型であることを明らかにした。翻訳開始のコードはメチオニンであることが多く、メチオニン特異的tRNAのうち、翻訳開始に携わるものをとくに開始tRNA(イニシエーターtRNA、initiator tRNA)という。
[菊池韶彦]
『B・ルーウィン著、菊池韶彦他訳『エッセンシャル遺伝子』(2007・東京化学同人)』▽『菊池洋編『RNAが拓く新世界』(2009・講談社サイエンティフィック)』