翻訳|nucleic acid
生物にとってもっとも重要な化学物質で、核酸塩基(プリンおよびピリミジン塩基)とペントース(五炭糖で、リボースまたはデオキシリボース)とリン酸からなる高分子物質。遺伝、生存、繁殖になくてはならない物質で、地球上の生物はもっとも簡単なウイルスから人間に至るまで、核酸を土台として生きている。
[笠井献一]
1869年にスイスのミーシャーJ. F. Miescher(1844―1895)は、細胞の核にどのような物質があるのかを知りたいと考え、核を多く含む材料として化膿(かのう)した傷口にたまる膿(うみ)を選び、当時まだ知られていなかった物質を取り出し、ヌクレインと名づけた。ヌクレが核を表す。これはリン酸を含む酸性の有機化合物で、その後にサケの精子、動物の胸腺(きょうせん)、酵母、そのほか多くの生物材料から発見され、核から発見された酸性物質ということから、1889年に核酸と名づけられた。のちになって核酸は核ばかりでなく細胞質中にも存在することが知られた。化学的研究が進むにつれて、デオキシリボ核酸(DNA)とリボ核酸(RNA)の二つのタイプがあることがわかった。あらゆる生物に核酸があることが知られてきたが、このものの重要性がはっきり認識されるようになったのは、1935年にアメリカのW・M・スタンリーが純粋のタバコモザイクウイルスを得るのに成功してからである。これはタバコの葉を侵す病原体であるが、純化されたウイルスは結晶として得られ、とても生物にはみえなかった。しかも化学分析によれば、糖とか脂質などの生体物質はまったく含まれておらず、タンパク質と核酸だけからなっていた。ところがこの結晶をタバコの葉に塗り付けるとウイルスが増殖し、タバコの葉はモザイク病になった。この実験からわかったことは、まるで生きていない単なる物質のようにみえるものでも、タンパク質と核酸さえもっていれば、自分の子孫をつくる(自己増殖)、いいかえると、自分と同じ生物をつくるために必要な情報を子孫に与えるというもっとも生物らしい行為ができるということである。
次に、1944年アメリカの細菌学者O・T・エーブリーは、S型とよばれる肺炎双球菌からDNAを精製し、それをR型とよばれる肺炎双球菌に与えると、R型の子孫がS型になってしまうことを発見した。この形質転換現象はDNAを与えるだけでおこり、タンパク質は必要でなかった。すなわち、S型の親がその子孫もまたS型になるようにと子孫に与えていた情報(遺伝情報)は、DNAという物質中にあったのである。またDNAを化学的あるいは物理的な方法で傷つける(構造を変える)ことによって、人工的に突然変異をおこしうることも知られた。DNAこそ、1866年にG・J・メンデルが予測していた遺伝子の実体だった。さらに1953年にJ・D・ワトソンとF・H・C・クリックが、DNA分子は逆方向に走った2本の鎖が互いに巻き付いた二重螺旋(らせん)構造をしていることを発見した。1956年にはA・コーンバーグが、DNAを手本として、それと同じDNAをつくる酵素を発見した。こうして、遺伝情報がどのようにして子孫に分配されていくかについての分子レベルでの機構も、しだいに明らかになってきた。
RNAの役割はDNA以上に長い間わからなかった。タバコモザイクウイルスなど一部のウイルスでは、RNAが遺伝子として働いているが、これらは全生物界からみれば、ほんの例外的存在にすぎない。遺伝子としてDNAをもつ細菌以上の生物でのRNAの役割はなんであろうか。1950年ころまでには、RNAは核の中ではなく細胞質にあり、とくにタンパク質が盛んにつくられている細胞に多いことが知られてきて、RNAはタンパク質合成に必要なものと推測された。1960年にフランスのF・ジャコブとJ・L・モノーがメッセンジャー(伝令)RNAの存在を予言し、やがてその実在が証明された。そしてタンパク質合成には、メッセンジャーRNAのほかに、転移RNA、リボゾームに含まれるRNAの3種類のRNAが不可欠であることが明らかになった。1961年にはM・W・ニーレンバーグが人工のメッセンジャーRNAを使って試験管内で簡単なタンパク質をつくらせることに成功した。これをきっかけとして遺伝暗号が解読され、またRNAは、DNAに記されている遺伝情報をタンパク質という形で実現するために、さまざまな働きをしていることがわかった。こうして地球上の生物においては、遺伝情報がDNA→RNA→タンパク質の順に伝えられてゆくという法則が広く認められるところとなった。なお、この法則は地球上の生物にとってもっとも基本的なことであり、セントラルドグマとよばれる。しかし、これが絶対的ではないこともやがて知られた。動物に感染するRNAウイルスの一部は、RNAを手本にしてDNAを合成する逆転写酵素をもつことが発見され、RNA→DNAという遺伝情報の流れもあることがわかった。
1970年代後半から、核酸の構造を研究する技術が著しく進歩し、たくさんのタンパク質の遺伝子が解読されるようになった。また、一つの生物種のDNAの塩基配列を完全に解明しようというゲノム・プロジェクトが盛んに行われるようになり、ヒト、ショウジョウバエ、線虫などの多細胞生物はもとより、かなりの種類の微生物について完全なDNA構造が解明された。このことは、人類にとって病気の予防や治療などに大きく役だつ反面、個人のプライバシーへの影響なども危惧(きぐ)される事態をもたらしている。
また人工的に核酸をつくる技術、それを大腸菌などの細菌の中へ入れて増殖させ、その人工遺伝子に基づいてタンパク質をつくらせる技術などが発展した。このようにして遺伝子を人工的につくりかえて、もととは違う特性をもつ生物をつくりだす途(みち)が開けた。このような技術を遺伝子操作あるいは遺伝子工学とよんでいる。
[笠井献一]
核酸にはDNAとRNAの二つの型があるが、ウイルス以外の全生物はその両方をもっている。DNAは動植物の細胞では核内の染色体に含まれている。細胞1個当りのDNAは、一つの種の生物については、どの細胞をとっても一定していて増減することがない。ただし、生殖細胞だけは減数分裂のため、ちょうど半量である。RNAは動植物および細菌を通じて細胞質に存在し、細胞の状態によって増減が著しい。ウイルスはDNAかRNAかのいずれか一方だけをもっている。
[笠井献一]
DNAとRNAの化学的構造はよく似ている。いずれもヌクレオチド(核酸塩基、ペントース、リン酸の各1分子が結合した物質)がリン酸ジエステル結合によって鎖状に重合したポリヌクレオチドである。小さな核酸である転移RNAで100個くらい、遺伝子であるDNAになると数百万個以上のヌクレオチドが重合している。DNAとRNAのもっとも大きな違いは、ヌクレオチドの構成単位の一つであるペントース(五炭糖)が、DNAではデオキシリボースであり、RNAではリボースであることである。また、いずれの核酸もおもな核酸塩基としてはプリン誘導体とピリミジン誘導体各2種類、計4種類を含むが、DNAではそれがアデニン(略号A)、グアニン(G)、チミン(T)、シトシン(C)であるのに対し、RNAではアデニン、グアニン、ウラシル(U)、シトシンであり、チミンのかわりにウラシルが含まれる点が異なる。なお、アデニンとグアニンはプリン誘導体、チミン、シトシン、ウラシルがピリミジン誘導体である。ペントースとリン酸でつくられた骨組みに、どのような順序でこれらの塩基が並ぶかによって、ほぼ無限の種類の核酸ができる。また、これらの塩基には重要な性質がある。アデニンとチミン、アデニンとウラシル、グアニンとシトシンという組合せは、塩基どうしの間で水素結合をつくりやすい。これは、アデニンとチミンあるいはウラシルとの間には2本、グアニンとシトシンとの間には3本の水素結合が、ちょうどうまくつくられるような構造関係にあるからである。このような関係を相補的、こうしてできる塩基の対(つい)を相補的塩基対とよんでおり、核酸が生命現象のなかでさまざまな役割を果たすために、なくてはならない性質である。
DNAは方向が逆の2本のポリデオキシリボヌクレオチドが互いに巻き付き合った二重螺旋であるが、片方の鎖にある塩基はすべてもう1本の鎖の塩基と相補的塩基対をつくっている。すなわち、片方の鎖の塩基の並び方が決まれば、相手の鎖の塩基の並び方も必然的に決まってしまうのである。RNAでは分子中の塩基のすべてが対になっている例は少ないが、部分的に相補的塩基対をつくることは多く、転移RNAの独特な立体構造などを形成させる。また、DNAを鋳型としてメッセンジャーRNAが合成されるとき、あるいは転移RNAがタンパク質合成のためメッセンジャーRNAと接触するときにも、一時的に相補的塩基対がつくられることが重要である。
[笠井献一]
DNAとRNAの働きについて、それぞれ簡単に述べる。
[笠井献一]
遺伝子の実体はDNAであることがわかった。したがって、DNAには、新たに生み出される生物が親に似たものになるために必要な、もっと厳密にいえば、親とまったく同じ種の生物になるために必要な情報がすべて含まれていなければならない。DNAは一つの生物をつくるための設計図のようなものである。ただし、それは平らな紙に描かれたものではなく、たとえていえば、長いテープにA、G、T、Cという4種の符号を並べることによって記されているのである。コンピュータのプログラムは、0と1の二つの符号だけで、どんな複雑な仕事でも指示できるのであるから、遺伝子の符号が4種類というのはけっして少ない数ではない。遺伝が行われるということは、1個の母細胞が分裂して2個の娘(じょう)細胞ができるとき、母細胞のもっていた設計テープが2倍になって、平等に分配されることなのである。
これが分子のレベルでどのように行われるかは、DNAの二重螺旋構造から明快に説明される。細胞が分裂するとき、母細胞のDNAは螺旋がほどけて、それぞれの鎖に対して新しく相補的な鎖が合成される。このことによって母細胞のものと寸分違わぬDNAが2組できて、娘細胞に平等に分配される。このような工程をDNAの複製という。もとの二重螺旋の片方ずつが娘細胞に譲られるので、とくに半保存的複製ともいう。この機構の解明には、日本人の岡崎令治(おかざきれいじ)(1930―1975)が大きく貢献をしている。
さて、A、G、T、Cという4種の符号だけを使った設計テープで、どのようにして生物のような複雑なものを実現できるのであろうか。この設計テープには主としてタンパク質をつくるための情報が収められている。すなわち、タンパク質中のアミノ酸のつながり方が、DNAの塩基のつながり方を使って暗号化されているのである。三つの塩基のつながりで一つのアミノ酸が表されるので、三文字暗号とよばれる。三文字暗号を並べて書いた設計テープにより、膨大な種類のタンパク質(簡単な細菌ですら少なくとも数千種、人間ならば2万数千種類)がつくられる。それは、酵素、ホルモン、抗体、構造タンパク質、そのほか千差万別の役割を担っており、それらが秩序をもって働くことにより、生物は生まれ、成長し、活動し、子孫をつくるのである。
タンパク質に含まれるアミノ酸は20種類であるから、遺伝暗号も20種あればよい。一方、4種の塩基で三文字暗号をつくるなら、43=64通りの暗号をつくれる。このうちの三つは句読点として使われ、残りの61が20種のアミノ酸に割り当てられている。三文字暗号はメッセンジャーRNAを使う実験から解読されたので、普通はメッセンジャーRNA上の塩基の並び方として表される。
DNA上の遺伝暗号に間違いがおこると、タンパク質上のアミノ酸が間違ったものに変わってしまう可能性がある。これを突然変異というが、放射線や化学物質などの影響で、DNAの複製が正しく行われないときにおこる。そして一部に間違いのあるタンパク質が、本来の役割を果たせない場合には、その子孫は生存に不利が生じたり、遺伝病をもったりする。反対に、非常にまれではあるが、間違いのあるタンパク質が、もとのタンパク質よりも優れていることもありうる。このことの積み重ねで生物は進化してきたのである。
[笠井献一]
DNAの役割が遺伝情報の保存と伝達であるのに対し、RNAの役割はその実体化にある。すなわち、タンパク質の合成を推進するために働いている。ここでは3種類のRNA、すなわちメッセンジャーRNA(mRNA)、リボゾームRNA(rRNA)、転移RNA(tRNA)がたいせつである。メッセンジャーRNAとは、長大なDNAのなかで、いままさに合成しなければならないタンパク質に必要な情報だけを写しとったものである。これはDNAの複製と似たやり方で、二重螺旋の片方の鎖に相補的な(ただし、チミンはウラシルに置き換えられる)1本鎖RNAがつくられる。この工程を転写といい、高等な生物では核の中で行われる。次にメッセンジャーRNAは核から出て、細胞質にあるリボゾームという巨大な粒子のところへ行く。リボゾームは数十種のタンパク質と3種のRNA(リボゾームRNA)が集合したもので、タンパク質合成装置である。ここでメッセンジャーRNAの三文字暗号に従って、アミノ酸をつなげてゆく作業が行われる。これを翻訳とよぶ。アミノ酸自身は、自分を表す暗号を読むことはできない。そこで通訳の役割を果たすのが転移RNAである。転移RNAは遺伝暗号の種類に相当するくらいの種類があるが、それぞれが、決まったアミノ酸と決まった三文字暗号に対応するように専門化されている。分子量は2万ないし3万くらいの小さいものであるが、定められた1種類のアミノ酸を結合する部位と、メッセンジャーRNAに結合する部位とをもっている。後者はそのアミノ酸に対する三文字暗号にだけ結合するように、三つの相補的塩基が並んだ部分である。したがって、転移RNAは、定められたアミノ酸を結合しておき、メッセンジャーRNA上にそのアミノ酸に対する三文字暗号が現れたとき、タンパク質合成装置にそのアミノ酸を手渡すことができる。こうして定められた順番にアミノ酸がつなげられて、タンパク質が合成されるのである。
[笠井献一]
目的とするタンパク質の遺伝子DNAを入手するため、そのタンパク質をたくさんつくっている細胞から、メッセンジャーRNAを取り出し、逆転写酵素を使って相補的DNAをつくらせる。これを細菌に寄生する輪になったDNA(ベクターという)に組み込む。この操作はいわば切り張り細工で、ベクターの一部を切断し(制限酵素という特殊な酵素を使う)、その切れ目に目的のDNAを挿入してから、リガーゼという酵素でつなぎ合わせ、ふたたび輪にする。この組換えベクターを細菌に寄生させると、組み込まれたDNAが指令を発し、メッセンジャーRNAがつくられ、さらに目的のタンパク質がつくられる。遺伝子工学で利用される手段のうちで、とくに画期的なものはPCR法(polymerase chain reaction法、ポリメラーゼ連鎖反応)で、アメリカのK・B・マリスが発明したものである。DNA鎖中の特定の部分だけを100万倍以上に増幅できるので、ごく微量のDNAをもとにして、目的とする部分の塩基配列を解明でき、またその部分に書かれている遺伝暗号に基づいてタンパク質を生産することもできる。もとになる二重螺旋DNAを加熱して、ばらばらの1本鎖状態にする。そこに目的とする部分の端の配列に対して相補的な短いDNA断片(プライマーとよぶ)を加えて温度を下げると、プライマーが結合して部分的に二重螺旋が再生する。そこにDNAポリメラーゼを加えると、プライマーを出発点として相補的に鎖を合成する。この操作をもとは相補的だった2本の鎖に対してそれぞれ行えば、目的部分だけが2倍に増幅される。マリスの発明の画期的だった点は、酵素として耐熱性細菌が生産する耐熱性DNAポリメラーゼを利用したことである。このことによって、倍化した二重螺旋をふたたび加熱して、それぞれ1本鎖とし、以下、前述したのと同じ操作を1本の試験管内で何回でも繰り返せるようになった。反応溶液の温度を上下させるだけで1サイクルの反応が進み、DNAの目的部分が倍化されるから、10回のサイクルで約1000倍、20回のサイクルで約100万倍になる。この方法の原理をたとえ話で示すと、写真のネガとポジを使って、ネガをもとにしてポジを、ポジをもとにしてネガをつくるというサイクルを繰り返して、2倍、4倍、8倍と増やしていくようなものである。この方法の有用性は限りなく大きく、今日のライフサイエンスのほとんどの場面で利用されている。親子鑑定、病気の診断、犯人の特定、病原体(病原性大腸菌、牛海綿状脳症など)の特定、その他多くの基礎研究などである。ただし、個人の遺伝情報をいとも簡単に知ることができるようになったため、それが差別の道具に使われたりしないよう、その取扱いについて十分に注意する必要がでてきた。
これらの方法で、動物からはごく微量しか得られないタンパク質でも、大腸菌などにたくさんつくらせることができる。人工的に合成したDNAを使えば、地球上に存在しないタンパク質を創造することも可能になる。絶滅した生物種をよみがえらせる試みもなされており、恐竜は無理としても、マンモスなら近い未来に実現するかもしれない。
[笠井献一]
プリン塩基またはピリミジン塩基にペントースが結合したヌクレオシドが,さらにリン酸基1個と結合してヌクレオチドを形成し,それが鎖状に重合したポリヌクレオチドが核酸である.リン酸基はヌクレオシドのペントース部分の5′位と3′位を結合して鎖状分子を形成する.1868年,スイスのF. Miescherにより,膿(のう)汁中の白血球からはじめて抽出された.ペントースが2-デオキシ-D-リボースのときはデオキシリボ核酸(DNA),D-リボースのときはリボ核酸(RNA)とよぶ.DNAの塩基部分はプリン塩基として,アデニン,グアニン,ピリミジン塩基としてシトシンおよびチミンからなり,RNAの場合はアデニン,グアニンおよびシトシンはDNAと共通だが,DNAと違ってチミンではなくウラシルを含む.これら塩基のためにDNA,RNAとも260 nm 付近に吸収極大値を示し,230 nm 付近で吸収極小値を示す.DNAは有核細胞では主として核に存在して,染色体を構成する.DNAは生体における遺伝子本体であり,2本のポリヌクレオチド鎖が規則正しくからみあったダブルヘリックス構造をもつことにより遺伝形質を保持し,それを正しく子孫に伝える役割を果たす.RNAは主として細胞質に存在し,DNAの遺伝情報をタンパク質へ伝える仲介の役割をするメッセンジャーRNA(mRNA)や,リボソーム中に含まれるリボソームRNA(rRNA),タンパク質合成の際にアミノ酸を運搬する転移RNA(tRNA)として遺伝形質の役割を果たすが,そのほかにウイルスにみられるようにRNAがDNAと同じように遺伝情報の担体となっている場合もある.DNAポリメラーゼまたはRNAポリメラーゼの作用によって,デオキシリボヌクレオシド三リン酸あるいはリボヌクレオシド三リン酸から核酸が生合成されるのに,遺伝情報の伝達のための複製,および遺伝情報発現のための転写とよばれる2種類の過程がある.
(1)DNAの複製:2本鎖DNAの複製開始点に,DNA依存RNAポリメラーゼとある種のタンパク質が結合して,DNAを構成する2本のポリヌクレオチドが1本鎖にほぐされるとともに,まず鋳型DNAに相補的な非常に短いRNAが合成される.このRNAは50~100個の残基からなり,RNAプライマーとよばれる.このプライマーに続いて,今度はDNAポリメラーゼによって相補的なDNAが合成され,残基数1000~2000のフラグメントとなったところでRNA部分が切り離され,切り離されたRNA部位に対応するDNAが補足されて完全なDNAフラグメントになる.同様にして,鋳型DNAのほかの部分に対応して複製された多数のフラグメントどうしが,順にDNAリガーゼの作用により結合して,鋳型DNAに相補的な長いDNA鎖が合成される.複製によって生じた2本鎖DNAのうち,1本は親由来で,ほかの1本は新しく合成されたものであることより,上記の過程を半保存的複製という.遺伝情報をRNAの形で保持しているRNAウイルスの場合は,宿主細胞に侵入後,逆転写酵素によって複製し,増殖する.
(2)転写:タンパク質の生合成に必要なmRNA,tRNA,rRNAなどは,すべてDNAを鋳型としてRNAポリメラーゼの作用によってリボヌクレオシド三リン酸より合成される.生成するRNAは,2本鎖の鋳型DNAのうちの決められた鋳型のほうのみに相補的な塩基配列をもち,1本鎖である.DNAの転写によって合成されたRNAは,核より細胞質中に移行したのち機能するが,この移行中に修飾を受ける.たとえば,mRNA分子は3′末端に長いポリ-A鎖を付加される.tRNAの場合は,DNA上のtRNAに対応する遺伝子の転写によって,まず大きな前駆物質が生じ,これがエンドヌクレアーゼ,続いてエキソヌクレアーゼによって切断されてtRNA分子となる.rRNAも,大腸菌の場合を例にとれば,1個の前駆体(30 S)が切断されて2個(16 S,23 S)になったのち,種々のタンパク質と結合してリボソームのサブユニットを構成する.また,1970年にRNAを鋳型としてDNAを合成するRNA依存DNAポリメラーゼ(逆転写酵素)が発がん性ウイルス粒子中から発見され,それは正常な細胞でも存在することが明らかになった.基質としては4種類のデオキシリボヌクレオシド三リン酸,鋳型RNA,マグネシウムイオンを必要とし,RNAと相補的塩基配列をもつDNAを合成する.この酵素の生体内での役割はまだ明らかにされていない.核酸の変性は核酸の二重らせん構造がほどけて,形質転換能などの生物活性が失われる現象をいう.DNAの場合は規則正しい二重らせん構造(ワトソン-クリックのDNAモデル)をしているので,その変性,とくに,熱変性現象がもっともよく調べられている.DNAの水溶液を加熱していくと,ある温度から二重鎖がほどけはじめ,それとともに260 nm の紫外線吸収が増大する.このとき,DNAの変性は温度が上昇するにしたがって徐々に起こるのではなく,ある温度に達すると急激に起こり,かなり狭い温度範囲で完了する.吸光度の最終増加高の半分まで増加した温度を Tm といい,この値はDNAのGC含量により決定される.熱変性は,溶液中の塩濃度,pH によって影響を受け,一般に塩濃度が高いほど変性しにくい.変性に伴い,吸光度のみならず,粘度,沈降定数にも変化が起こる.この熱変性現象は可逆的で,変性させたDNAを Tm より少し下の温度で長くおくと,かなり二重らせん構造が戻り,復性(renaturation)する.熱変性以外では,極端なpH溶液あるいは有機溶媒の添加によってもDNAは変性を起こす.RNAの場合は,部分的に二重らせん構造をしているので熱変性は徐々に起こり,熱変性曲線は緩やかな勾配をもつ.多くの場合,冷却曲線も加熱曲線とほぼ同じ線上にのる.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
高等動植物の細胞から細菌やウイルスにいたるまで,生命現象の営まれる場所には必ず存在しているリン酸を含む酸性の高分子有機化合物。生物がその秩序の高い構造を再生産する自己増殖過程にはなくてはならない物質である。すなわち遺伝子の本体であり,また遺伝情報の発現の過程,例えば遺伝情報がタンパク質分子の合成として発現する過程でも重要な役割を果たす。最初ミーシャーF.Miescherにより1869年ころに細胞核(核)の成分として発見されたが,細胞核だけの成分ではなく細胞質にも含まれる。核酸は化学構造上DNA(deoxyribonucleic acid,デオキシリボ核酸)とRNA(ribonucleic acid,リボ核酸)の2種に大別できるが,この2種には細胞内における分布や生物学的役割に大きな差がある。DNAは真核生物の核,葉緑体,ミトコンドリア,原核生物の細胞ならびに多くのウイルスの粒子内に含まれる。生物学的には遺伝的性質の担い手であり,遺伝子の本体といえる。RNAは核(とくに核仁)にも少量含まれるが,主に細胞質に存在し,DNA上の遺伝情報を発現する過程で重要な役割を果たす。メッセンジャーRNA,リボソームRNA,転移RNAなどの分子の大きさも機能も異なる分子種よりなる。ある種のウイルスは粒子内にDNAを含まず,RNAを含み,これが遺伝子本体となる(この種のウイルスはRNAウイルスと呼ばれる)。
DNAもRNAも基本構造は共通で,核酸塩基nucleic acid base(通常は単に塩基と略す)と五炭糖pentoseよりなる単位がリン酸を介して一次元的に連なっている(図1)。塩基と糖からなる単位をヌクレオシドnucleosideと呼び,リン酸基のついた単位をヌクレオチドnucleotideと呼ぶ。DNAとRNAの化学構造上の差は次の2点にある。DNAでは糖の部分が2-デオキシ-D-リボース(2-deoxy-D-ribose)であるのに対して,RNAのそれはD-リボース(D-ribose)である。さらにDNAの塩基はアデニンadenine(Aと略す),グアニンguanine(G),シトシンcytosine(C),チミンthymine(T)の4種からなるが,RNAの場合はチミンの代りにウラシルuracil(U)が用いられる(図2)。DNAもRNAもこれら4塩基がいろいろな順序で多数配列した巨大分子であり,場合によってはこれら塩基に特殊な修飾の加わった(例えばメチル化された)微量塩基が少量存在することもある。アデニン,グアニンならびにこれらが修飾を受けた塩基は,プリン骨格をもつので,プリン塩基と呼ばれる。一方シトシン,チミン,ウラシルならびにこれらの修飾塩基は,ピリミジン骨格をもつのでピリミジン塩基と呼ばれる。先に示したDNA鎖とRNA鎖の化学構造において,糖とリン酸との間のホスホジエステル結合部位に着目すると,核酸の鎖に方向性のあることがわかる。この方向性はホスホジエステル結合に関係する糖の炭素位の番号をもとに表示される。たとえば図1のDNA鎖の例を4塩基からなるDNA断片と仮定した場合には,この配列はAGCTと略記される。この略記では慣習に従って,核酸分子の5′末端側(核酸分子の端の内で,5位の炭素側か末端となる側)を左に書き,3′末端側(糖の3位の炭素側か末端となる側)を右に書いてある。すなわちAGCTとTCGAは異なった分子であり,この点を明らかにする目的で,それぞれを5′AGCT3′ならびに5′TCGA3′として表示することもある。DNAもRNAも生体内で合成される際には,5′末端から3′末端の方向へ合成が進む。
通常DNAは2本の鎖がねじれ合ったワトソン=クリック型の二重らせん構造をとる。この2本の鎖の方向は互いに逆方向であり,鎖の間を結びつける力は,AとTならびにGとCの塩基間に働く水素結合である(この結合の具体的な様式については〈DNA〉の項目を参照)。この対合の規則により結びつけられた2本鎖を相補的な鎖と呼び,それらの鎖は相補的な塩基配列をもつと表現する。遺伝子の複製過程や,遺伝子の発現過程において,対合の規則は中心的な役割を演じる。遺伝情報はDNA上に塩基配列として書き込まれている。DNA分子のそれぞれの鎖を鋳型に,相補的な鎖を合成することで,二重らせんDNA分子全体が複製され,結果として遺伝情報が複製されて次代に伝えられる。一方各タンパク質が合成される際には,その遺伝子に対応したDNA部位の一方の鎖を鋳型に,相補的な塩基配列をもつメッセンジャーRNAが合成されることで,遺伝情報はまずRNA分子に転写される。このメッセンジャーRNAの塩基配列の指令をもとに,リボソーム上でアミノ酸が重合していき,最終的に遺伝情報はタンパク質として発現される(この機構の詳細については〈遺伝情報〉の項目を参照)。
核酸を取り扱う生化学的方法の発展に伴い,多くの核酸の分子種について,活性を損なわずに抽出し精製することが可能になった。近年ではDNAの特定の塩基配列を認識して切断する酵素(制限酵素)を利用することで,広範囲の生物種の多数の遺伝子が単離されてきている。これらの単離された遺伝子を,異種の生物の細胞へ取り込ませ,複製させ,発現させることも可能である。いい換えれば高等生物の有用な遺伝子産物を,細菌などの下等生物の細胞内で生産させることが可能になる。これらの手法は遺伝子工学と呼ばれ,1970年代後半から急速な発展を遂げてきている。
執筆者:池村 淑道
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ビールス,バイラスなどとも発音される。核酸(DNAもしくはRNA)とタンパク質からなる,細菌よりも小さな一群の病原体。遺伝情報を担う核酸がタンパク質の外被におおわれた構造をもち,それぞれのウイルスに特有の宿主となる細菌や生物の細胞に寄生して,宿主のタンパク質合成能やエネルギーを利用して,自己増殖を行う。…
…核酸を構成する単位物質。イミダゾール環とピリミジン環より構成されるプリン環をもつ塩基性物質。…
… なお,黄リンは皮膚に触れると火傷を起こし,毒性が強いのでゴム手袋,ピンセットなどで取り扱い,水中,暗所に保存する。【漆山 秋雄】
[生体とリン]
リンは生体の必須構成元素の一種で,生体内ではほとんどがリン酸として存在し,核酸,リン脂質,リンタンパク質,その他の化合物となり,さまざまな機能を果たす。核酸中ではリン酸ジエステルとして,糖とともにポリヌクレオチド鎖の骨格を形成する。…
※「核酸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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