花詞とも書く。その色、香り、形、形質などの特質に基づいて、ある花や植物に特定の意味をもたせたもので、古くからさまざまな民族、宗教、民俗などにおいて象徴や標章として用いられた。花は神話や伝説のなかにおいても語られ、それによって花に自己の感情や意志を託して表現する風習が行われてきた。なかでもギリシア神話には花にまつわる物語が多く、美少年ナルキッソスが自分に思いを寄せる森の精(ニンフ)エコーを捨てたために、女神ネメシスの怒りに触れスイセンの花に変えられてしまった話は広く知られている。この神話がもとになって、スイセンはイギリスでは「自己愛」「自己主義」、フランスでは「愚かさ」「あなたはあなた自身だけを愛している」などを意味する花になっている。こうしたギリシア・ローマの神話・伝説によるものや、キリスト教の宗教的シンボルによって生まれた花言葉は、ヨーロッパの国々にほぼ共通したものとして伝えられている。
そして中世以来、愛する女性に花を贈って意志を伝え、その返事も花束を贈り返すことによって示す風習なども生まれた。しかし花のどこを取り上げるかによって、また国によって、その意味も違っているものがある。たとえば「節制」を花言葉とするツツジも、日本ではその燃えるような赤色を太陽に見立て、旧4月8日に天道花などとよんで家の門口に高く掲げる習俗があり、赤は日本や中国では喜びの色とされているが、インドでは怒りを表すとされる。黄色についても、日本のフクジュソウなどは正月を寿(ことほ)ぐ花で、花言葉は「しあわせを招く」とされているし、中国では貴重な色として崇拝するが、西洋では黄昏(たそがれ)、退廃、病気、死などを連想する不吉なものとされ、その花言葉は「悲しき思い出」である。ゲッケイジュの木は栄光のシンボルとして貴ばれるが、黄色の花が咲くと「不信」「裏切り」の意味をもつ。紫も日本では高貴な色とされているが、西洋では悲しみの意味をもっている。
花の形状などによって特定の意味を与え、それによって意志を伝えたりしようとすることは日本でも行われた。花や木の小枝を添えて贈答する風習や、花に託して自分の意志を伝えたり、花の色に恋心を詠み込んだりすることは平安時代にもみられた。また、太田道灌(どうかん)が狩りで雨にあった際、民家に雨具の借用を請うたところ、乙女がヤマブキの一枝を差し出して蓑(みの)がないことを伝えた話は有名である。ただしヤマブキの花言葉はこうした故事とはかかわりなく、「崇高」「待ちかねる」とされている。日本人が古来愛してきたサクラは、木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)が富士山頂に天降(あまくだ)って種を播(ま)いて以来、国中に咲き乱れるようになったものであると伝え、また豊作の期待が込められた花でもあった。そして単にその外見的な美しさが愛されただけではなく、風雅・もののあわれなど日本の深い心を象徴する花であった。そのため日本での花言葉は「精神美」であり、ことにヤマザクラは「純潔」「淡泊」「高尚」「美麗」などの花言葉をもっている。
現在、わが国で用いられている花言葉は、外国ことにヨーロッパのものが多い。しかし日本でも花に対する関心が弱かったわけではなく、開花によって季節の推移を測ることは各地で行われていた。また開花期に従って花の名を順に記し、それぞれの名所などをあげた花暦が近世にはつくられていた。
[倉石忠彦]
〈花詞〉とも書く。花言葉は,互いの気持ちを伝えるときに,その花のもつ特徴,性質などに基づいてシンボリックな意味をもたせたものである。花言葉には,ギリシア,ローマの神話や伝説によるもの,キリスト教による宗教的なシンボルに基づくもの,故事来歴によるもの,花の形,色,香り,開花の季節などによるものなどがある。
アラビア地方には,花束を人に贈り気持ちを花に託して伝え,贈られた相手はまた返事を花でもってするセラムselamといわれる風習があった。この風習をヨーロッパに伝えたのは,ロシアのピョートル大帝に敗れて一時トルコに逃げたことのあるスウェーデン王カール12世で,1714年の帰国以来のことだといわれる。イギリスでは,ビクトリア朝時代の貴族たちは,花言葉を学び,愛する女性にノーズゲイnosegayと呼ばれる数種類の花を組み合わせた花束を贈り,想いを伝えた。またフランスでは,花束を手紙の代りに贈り,花言葉をつづって楽しむ風習があった。
日本では明治の初期に,西洋の文化とともに花のシンボルとしての花言葉が伝わってきたが,それをそのまま受け入れて使ってきた。しかし,風俗,習慣,自然風土の違いから,シンボルとしての使い方を異にするものも多々見られる。例えば,マツの〈あわれみ〉は,日本では樹齢が永くたくましいことから〈長寿〉を意味し,タケ,ウメとともに慶事には欠かせない。秋の七草の一つのナデシコは〈大胆〉であるが,その姿の優しさ,美しさから,日本では奥ゆかしい女性を〈大和なでしこ〉と呼び,この花にたとえた。このように国によって違ったり,一つの花でいくつもの花言葉をもっていたりするので,私たちが使うときには,それを受けとる相手の風俗,習慣,生活様式などを考えてから使うことがたいせつである。ただし,日本では一般に西洋の神話や伝説が豊富に含まれたイギリス系の花言葉が好まれている。60種余りの花言葉をもつバラ,木と花の花言葉が極端に違うザクロなどさまざまであるが,日常的に用いられる代表的な花言葉を表にして記しておく。
執筆者:森山 倭文子
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