改訂新版 世界大百科事典 「アーダ」の意味・わかりやすい解説
アーダ
`āda
イスラム社会の慣行および慣習法を意味するアラビア語。ウルフ`urfともいう。アーダの範囲はきわめて広く,イスラム以前からの慣習を指すこともあれば,政令によって新たに慣行化された事がらを指す場合もあった。たとえば農民の水利権や,水路を開削・整備するための力役の徴発は,古くからの慣行によって定められ,これを維持するのは伝統的に村長(シャイフ)の責任であった。都市のハーラ(街区)においても,婚礼や葬式あるいは聖者の生誕祭(マウリド)などの行事は,共同体のアーダとして住民の参加が義務づけられていた。また旅先での生活と安全を保障する隣人保護(ジワール)の制度も,古いアラブの習慣として生き続け,イスラムの学問の発展に大きな役割を演じた。これらの慣行がシャリーアの法源(ウスール)として認められることはなかったが,実際の判決においては,シャリーアの規定に違反しないかぎり,各地方に固有なアーダはそのまま承認された。マグリブではベルベル人のこのような法慣行をアマルといい,インドネシアではアダットと呼ぶ。また持分資本(キラード)や協業などの商業形態に関する規定にみられるように,シャリーアそのものが旧来の慣行を容認し,これを合法化する性格を備えていた。法慣行として機能するアーダが成文化されることはなかったが,シャリーアを補う行政法として,アラブのシヤーサ,ペルシアのウルフ,トルコのカーヌーンは,政権を担う君主によって成文の形で発布された。とくにオスマン帝国のカーヌーンは征服諸地域のアーダに基づいて規定され,帝国行政に重要な役割を果たした。
執筆者:佐藤 次高
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報