日本大百科全書(ニッポニカ) 「コバンザメ」の意味・わかりやすい解説
コバンザメ
こばんざめ / 小判鮫
remoras
sharksuckers
discfishes
硬骨魚綱スズキ目コバンザメ科Echeneidaeの魚類の総称、およびそのなかの1種。この科の魚類は、頭部の背面に第1背びれが変形した小判形の吸盤があるので、コバンイタダキともよばれる。頭蓋骨(とうがいこつ)は吸盤を支えるために広くなっている。鰓蓋骨(さいがいこつ)には棘(きょく)がない。口は広くて、突出できない。下顎(かがく)は上顎よりも前方に突出し、上下両顎には絨毛(じゅうもう)状の歯帯がある。ひれは軟条のみからなり、棘がない。胸びれは体の高位にある。腹びれは体の前位にあり、胸びれ基底付近の下方に位置する。鱗(うろこ)は大小2種の円鱗(えんりん)で、小さい鱗は規則正しく並ぶ大きい鱗を囲み、普通は皮下に埋没している。サメ・エイ類、大形のカマス類、カジキ類、大形アジ類、ハタ類、マンボウなどの大形の魚類、クジラ・イルカ類などの海獣類、ウミガメ類などのほか、舟、浮遊物などに吸着して運ばれる。餌(えさ)は宿主の食い残しや排出物であるが、宿主の体に寄生したコペポーダ類を食べるものもある。種によって宿主に嗜好(しこう)性があるらしく、たとえば、ナガコバン属のオオコバンRemora australisは哺乳(ほにゅう)類を、ヒシコバンR. osteochirはカジキ類を、シロコバンR. albescensはマンタ(オニイトマキエイ)を選ぶことが知られている。また、ナガコバン属の種のなかには宿主の口や鰓孔の中にいるものもいる。コバンザメ属のコバンザメは必要なときは宿主から離れ、かなり活発に遊泳し、浅い沿岸域で見られることもある。
本科魚類の全長は20~70センチメートル。全世界の温帯、熱帯の海に広く分布し、世界から3属または4属8種、日本近海からはコバンザメ属のコバンザメ、スジコバン属のスジコバンPhtheirichthys lineatus、ナガコバン属のシロコバン、オオコバン、ナガコバン、ヒシコバン、クロコバンR. brachypteraの3属7種が知られている。ほとんどの種は食用として利用されていない。
本科魚類はスギ科と系統的な類縁関係があると考えられ、スギの背びれ棘がコバンザメの小判形の吸盤に進化したと推定されている。また、コバンザメの他物に吸着する生態は、スギの接触する習性と類似性が認められている。さらに、カナダの魚類研究者のオトゥールBruce O'Tooleによると、これら両科は流木や流れ藻につくシイラ科と姉妹群関係にあると考えられている(2002)。
[鈴木 清・尼岡邦夫 2023年11月17日]
代表種
コバンザメEcheneis naucrates(英名sharksucker、shark sucker)は、北海道以南の日本海と太平洋、東シナ海、朝鮮半島、台湾、南シナ海、ピョートル大帝湾など、東太平洋を除く全世界の暖海域に広く分布する。体は著しく細長く、前方ほど縦扁(じゅうへん)する。尾柄(びへい)は著しく細い。頭部背面に薄い薄板が横向きに並んだ小判形の吸盤がある。薄板数は20~30枚。口は大きくて幅がある。下顎は上顎を越えて突出する。背びれと臀(しり)びれは体の中ほどから始まり、尾びれの基底部近くまで達する。前部軟条は伸長する。背びれは32~42軟条、臀びれは31~41軟条。胸びれは短く、先端はとがる。尾びれは成魚ではほとんど截形(せっけい)(後縁が上下に直線状)で、上下軟条は中央部のものより長い。稚魚では尾びれは槍(やり)形で、中央部の軟条は糸状に伸長し、各ひれの縁辺は白い。体色は青褐色で、体側には吻端(ふんたん)から目を通り、尾びれの黒色部に連なる幅広い1本の暗色縦帯がある。この帯は白色で縁どられる。本種は宿主としてサメ類、カメ類、舟などいろいろなものに吸着する。他のコバンザメ類と違って、しばしば自由に泳ぎ回り、浅い沿岸域でも見られる。吸着時には宿主が食べた残片を捕食し、自由遊泳時にはマイワシなど表層魚を食べる。この種の産卵期や産卵場所についての知見はほとんどない。水族館では、日没後、雄が雌の腹部を刺激すると、雌は上層へ向かい、5~6個体の雄が追尾。雄が吸盤で雌を水面に押し上げて、産卵と放精が行われるようすが観察された。受精卵は卵径が約2.6ミリメートルの分離浮性卵で、孵化仔魚(ふかしぎょ)は全長6.7~8.9ミリメートル。低温ほど孵化仔魚の全長は長い。全長15~21ミリメートルの仔魚になると、頭部の背面に板状の細長い表皮の隆起が出現する。30ミリメートルくらいになるとこの隆起が頭部背面まで前進し、小判形になり、薄板が現れる。全長70ミリメートル前後で吸盤が完成し、最大体長は1メートルに達する。流し網、底引網、釣りでとられるが、日本では市場に出ることはほとんどない。
かつてコバンザメの尾柄に紐(ひも)をつけて放し、吸着した宿主をつかまえる漁法があったといわれている。ほとんど食用には利用されていないが、中国では結核や肝臓の妙薬、あるいは滋養強壮に利用されている。
本種は体が細長く、縦線があること、臀びれ軟条数が多くて29軟条以上あることなどでスジコバンに似るが、スジコバンは頭部吸盤の薄板が少なくて9~11枚であること、脊椎骨(せきついこつ)が多くて39~41本(コバンザメでは30本)であることなどで本種と区別できる。
[鈴木 清・尼岡邦夫 2023年11月17日]