朝日日本歴史人物事典 「常磐津文字太夫(2代)」の解説
常磐津文字太夫(2代)
生年:享保16(1731)
江戸中期の常磐津節の太夫。本名越後屋佐六。通称藤兵衛。号は文中。宝暦5(1755)年鐘太夫を名乗る。11年5月初舞台。初代兼太夫となって,明和6(1769)年11月,若太夫,志妻太夫の常磐津からの破門・独立により初代文字太夫の後継者となった。安永3(1774)年4月に立語りとなり,天明7(1787)年2月2代目文字太夫となる。寛政11(1799)年6月隠退。劇舞踊の全盛期にあって,名手の名が高く,「関の扉」「山姥」「戻駕」「夕霧」「帯文桂川水」など常磐津節の名曲を多く語っている。<参考文献>岩沙慎一『江戸豊後浄瑠璃史』
(安田文吉)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報