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《群盗》 ぐんとう

世界大百科事典内の《群盗》の言及

【シラー】より

…94年以降雑誌《ホーレン》の刊行などゲーテとの交友と協力がはじまる。 彼の作品を見ると,まず処女戯曲《群盗》(1781)と市民悲劇《たくらみと恋》(1784)は,激烈な言葉の躍動と緊迫した場面転換によって,〈シュトゥルム・ウント・ドラング〉の革命的情熱を鮮明に示している。青年期の戯曲にはほかに《フィエスコの反乱》(1783)がある。…

【ドイツ演劇】より

…劇作では,フランス古典主義演劇の形式を退けて,シェークスピアに範をとる多場面構成で,強烈な個性をもつ人物をもつ戯曲が求められた。ゲーテは史劇《ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン》(1773)によってその要望を満たし,70年代中葉にはほかにも注目すべき劇作が発表されたが,J.C.F.シラーの《群盗》あたりからこの運動は退潮した。ゲーテはワイマールに移ってから,しだいに古典主義的な立場をとり,ワイマール宮廷劇場の監督として様式の確立に腐心するようになった。…

【ヒアスル】より

…71年再度捕らえられ車裂きの刑に処せられた。その活動は,シラーの《群盗》成立の一つの背景をなす。【三宅 立】。…

【ロマン派演劇】より

…疾風怒濤派は,とくに劇文学において,〈三統一〉の法則を典型とする古典主義の〈法則の強制〉に反発し,啓蒙的な合理主義に対して感情の優位を主張して,シェークスピアを天才的で自由な劇作の典型として崇拝した。ゲーテの小論《シェークスピアの日に》やJ.レンツの《演劇覚書》にもその主張が見られ,ゲーテの《ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン》(1773),シラーの《群盗》(1781)はのちの各国のロマン派に影響を与えた。 一方,ゲーテ,シラーが古典主義的な完成期に向かうころに生まれたドイツのロマン派は,単純な感情優位の運動ではなく,合理と不合理を総合しようとしたもので,疾風怒濤に間々みられたような理性を排除しようとするものではなかった。…

※「《群盗》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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