アチェベ(読み)あちぇべ(英語表記)Chinua Achebe

日本大百科全書(ニッポニカ) 「アチェベ」の意味・わかりやすい解説

アチェベ
あちぇべ
Chinua Achebe
(1930― )

ナイジェリア、イボ・ランド出身の小説家、詩人、評論家。キリスト教一家に生まれ、祖父はもっとも早くキリスト教に改宗した一人で、『部族分解』(1958)には祖父の改宗体験が色濃い。医学を修めるためイバダン大学に入学し、のち文学専攻コースに転科。卒業後ナイジェリア放送協会に勤務(1954~1966)し、この間処女作『部族分解』をはじめ、『もはや安楽なし』(1960)、『神の矢』(1964)、『国民の中の男』(1966)を発表し、この四部作で、19世紀中葉から現代までのナイジェリアの白人支配下の文化的汚辱と民族受難の歴史をつづった。のちナイジェリア市民戦争(ナイジェリア戦争)の悲惨な体験をもとに、詩集『心せよ わが同胞よ』(1971)と短編集『戦場の女たち』(1972)を発表。ビアフラ側敗北を機に、1972年にアメリカへ「自己追放」し、マサチューセッツ大学、コネティカット大学で客員教授となり、アフリカ文学を教えた。のち市民戦争で敵対したゴウォン政権崩壊後の1976年に帰国し、ナイジェリア大学教授を務めながら、1971年に創刊した文芸誌『オキケ』の編集に打ち込み、若い世代の作家育成に情熱を傾けた。その後、祖国の社会改革を目ざしてミニ政党の党首として総選挙に立候補したが落選し、1983年に憂国心情をつづった評論集『苦悶(くもん)するナイジェリア』を出版した。1962年以来、ハイネマン教育図書出版社刊行の「アフリカ作家シリーズ」の編集主幹を務める。ニューヨーク在住。1987年には20年ぶりに政界の腐敗をえぐった、ポスト・コロニアル文学の代表的長編小説『サヴァンナのアリ塚』を出版。ほかに評論集『創造の日は、いまだ朝』(1975)、『希望と障碍(しょうがい)』(1988)、自伝的文明論『郷土亡命』(2000)、それに児童読み物3冊がある。終始一貫して、ヨーロッパ中心のアフリカ史観を拒絶して、アフリカ中心のアフリカ史観を説く点に彼の真骨頂がある。1981年(昭和56)に来日し、日本文化に深い共感を抱く。

土屋 哲]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アチェベ」の意味・わかりやすい解説

アチェベ
Achebe, Chinua

[生]1930.11.16. イギリス保護領ナイジェリア,オギディ
[没]2013.3.21. アメリカ合衆国,マサチューセッツ,ボストン
ナイジェリアのイボ族出身の作家。フルネーム Albert Chinualumogu Achebe。20世紀アフリカ文学を代表する作家の一人。英語で執筆。父は牧師でミッションスクール教師だった。地元のウムアヒアで中等学校,高等学校を終え,イバダン大学で医学,のちに文学,歴史,宗教学を学んだ。1954年ナイジェリア放送協会に入り,1966年まで国際放送を担当,その間に多くの作品を発表した。『部族崩壊』Things Fall Apart(1958),『もはや安楽なし』No Longer at Ease(1960),『神の矢』Arrow of God(1964),『国民の中の男』A Man of the People(1966)は初期四部作とされるもので,合計 1000万部を売ったといわれる。これらの作品では,植民地期直前の 19世紀半ばから独立後の現代までのナイジェリアの経験が,ナイジェリア人の側から克明に描かれる。特に『部族崩壊』は現代アフリカ小説の原型をつくったといわれ,その後の作家たちに深い影響を与えた。1967~70年のビアフラ戦争では,連邦政府と対立したビアフラ側に立ち,一時創作を断念した。その後,この戦争体験をもとに詩集『心に銘記せよ,魂魄と化した同朋よ』Beware, Soul Brother and Other Poems(1971),短編集『戦場の女たち』Girls at War and Other Stories(1972)を出した。1972年以降はアメリカ合衆国へ渡るが,1976年に一時帰国。1960年代からノーベル賞候補になっており,世界各地での講演活動も多かった。ヨーロッパとアフリカの文化接触や価値観の衝突を特徴とした作風で,外国語に翻訳された作品も多い。『未だ創造の日の朝』Morning Yet on Creation Day(1975),『希望と障害』Hopes and Impediments(1988)などの評論集のほか,児童文学も手がけた。最近作は小説『サバンナの蟻塚』Anthills of the Savannah(1987)。2007年ブッカー国際賞を受賞した。

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改訂新版 世界大百科事典 「アチェベ」の意味・わかりやすい解説

アチェベ
Chinua Achebe
生没年:1930- 

ナイジェリアの作家。イボ族出身。父はミッションスクール教師。イバダン大学卒業後ナイジェリア放送海外部に勤務,イギリス放送協会配属を経て,1966年以後創作に専念。ビアフラ戦争で連邦分離側の外交官を務め,一時創作を放棄。72年マサチューセッツ州立大学へ招かれ,コネティカット州立大学などを経て,現在はナイジェリア大学教授。小説四部作《部族崩壊》(1958),《もはや安楽なし》(1960),《神の矢》(1964),《国民の中の一人》(1966),短編集《戦場の女たち,その他》(1972),詩集《わが魂の同胞よ,心に銘記せよ》(1971),評論集《未だ創造の日の朝》(1975)のほか,児童文学がある。《部族崩壊》は19世紀末を背景に,白人の宣教師と官吏が踏み込んだ頃のイボ社会の分裂を描くもの。時代の転換期に旧倫理を固守して生きる男の破滅がテーマで,伝統宗教の権威失墜を描く第3作と並んで,アフリカの文化的汚辱を内側から照射した代表作。《もはや安楽なし》は50年代のラゴスを舞台に,イボ社会内部の差別構造をえぐり,イギリス帰りの前途有為な青年の破局を描くもの。《国民の中の一人》は黒人独立国家内部の権力闘争と腐敗を扱う政治小説である。“過去に取材する私の小説は純文学というよりは応用文学とも言うべきもの。アフリカの過去が長い野蛮な夜でなかったことを教えることができれば私は満足だ”と述べながらも,ビアフラ戦争など時代の火急の問題とのかかわりを回避できなかった。ノーベル文学賞候補にもなった。
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百科事典マイペディア 「アチェベ」の意味・わかりやすい解説

アチェベ

ナイジェリアの小説家。バダン大学卒業。現代アフリカ小説の原型といわれる《部族崩壊》(1958年)で,西洋近代と伝統アフリカの価値の衝突を描く。以後,ナイジェリアの過去から現代までを舞台に,《もはや安楽なし》(1960年),《神の矢》(1964年),《国民の中の男》(1966年),《サバンナのアリ塚》(1987年)などを発表。評論集に《未だ創造の日の朝》(1975年),《ナイジェリアの苦難》(1983年)など。詩集《心に銘記せよ,魂魄と化した同胞よ》(1971年)がある。

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