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同朋 どうぼう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

同朋
どうぼう

童坊,侫坊とも書く。同朋衆ともいう。室町時代以降,将軍や大名に近侍し,芸能,茶事,雑役に勤仕した僧形の者。絵師の能阿弥相阿弥,作庭の善阿弥のように,多くは阿弥号を名のる時宗の徒であった。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉の解説

どう‐ぼう【同×朋】

仲間。友人。特に、志を同じくしてともに仏道を修める仲間。
室町・江戸時代、将軍・大名に近侍して雑務や諸芸能をつかさどった僧体の者。室町時代には一般に阿弥(あみ)号を称し、一芸に秀でた者が多かった。江戸時代には幕府の役職の一つとなり、若年寄の支配下に大名の案内・着替えなどの雑事をつとめた。同朋衆。童坊。

出典|小学館
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大辞林 第三版の解説

どうぼう【同朋】

友達。友人。朋友。同袍どうほう
同朋衆 」に同じ。

出典|三省堂
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世界大百科事典内の同朋の言及

【同朋衆】より

…室町時代に足利将軍家に仕え,歴代将軍の殿中にはべって,さまざまの雑用や美術工芸品の鑑定,諸芸能に従事した僧体の特別技能者たちをいう。〈同朋〉の語は,もともと仏教界に発したとみられ,〈友〉と同義に用いられるとともに,禅寺で輿舁(こしかき)の任務についた〈力者(りきしや)〉をさしたりしたが,やがて武家社会でも用いられるようになり,上記の諸任務に従う同朋衆のさきがけをなす人々の呼称となったらしい。足利将軍家に仕えた同朋衆のおこりについては,ふつう3代将軍足利義満の幼時に細川頼之(よりゆき)がはからって法師6人を選定し,これを〈童坊(どうぼう)〉などと名づけ,異風の服装で座興をもよおさせ,義満の無聊(ぶりよう)をなぐさめたのが始まりだという。…

【坊主】より

…のちの住持,住職にあたり,また一般に僧侶の呼称ともなった。坊主衆
[武家の職名]
 江戸幕府には同朋頭(若年寄支配)の配下に茶室を管理し,将軍,大名,諸役人に茶を進めることを職務とする奥坊主組頭(50俵持扶持高,役扶持二人扶持,役金27両,御目見以下,土圭間詰,二半場),奥坊主(20俵二人扶持高,役扶持二人扶持,役金23両,御目見以下,土圭間詰,二半場)100人前後,および殿中において大名,諸役人に給事することを職務とする表坊主組頭(40俵二人扶持高,四季施代金4両,御目見以下,躑躅(つつじ)間詰,二半場),表坊主(20俵二人扶持高,御目見以下,焼火間詰,二半場)200人前後があった(この職は大名,諸役人からの報酬が多く,家計は豊かで,そのため奢侈僭越に流れたという)。また茶室に関するいっさいのことをつかさどる数寄屋頭(若年寄支配)の配下に,数寄屋坊主組頭(40俵持扶持高,四季施代金4両,御目見以下,躑躅間詰,二半場),数寄屋坊主(20俵二人扶持高,御目見以下,焼火間詰,二半場)40~100人ほどがあった。…

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