フランスのコンスタンの小説。1806年脱稿。16年ロンドンとパリで同時に初版が出された。作者が旅行中に出会った青年アドルフの手記という形式をとる。倦怠に悩むアドルフは年長の女性エレノールを知ると単なる虚栄心から彼女を誘惑する。だが彼女はある伯爵に囲われる身で2人が結ばれるまでには障害があり,このことがかえって彼の心に真の愛情を芽生えさせる。ところが彼女がすべてを犠牲にして身も心も捧げると,それが重荷になり,別れたいと願うようになる。一方,彼の父は彼に女と別れる約束をさせ,そのことを知った彼女は衝撃を受け,ついに病死してしまう。こうして彼女の死によって手に入れた自由をアドルフは持て余すことになる。エレノールはスタール夫人をはじめコンスタンが関係した複数の女性をモデルにしており,話の筋においては自伝的とはいえないが,内面的にはコンスタン自身の恋愛心理を鋭く分析した作品で,フランスの心理分析小説の傑作として,その簡潔な文体とともに高く評価されている。
執筆者:大浜 甫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
フランスの作家バンジャマン・コンスタンの自伝的心理小説。1816年発表。名家の青年アドルフは、征服欲から友人の妾(めかけ)を誘惑するが、やがて女の愛を負担に感じるようになる。女は故国ポーランドに帰り、青年は義務感から運命をともにする。しかし2人の間にはいさかいが絶えず、女は苦悶(くもん)の果てに死ぬ。悔恨に包まれ孤独に生きる青年の手記という形式のこの作品は、愛にまつわるさまざまの情念の交錯する場を執拗(しつよう)なまでに分析し、ついに愛そのものの不可能性を示すに至る。精巧かつ堅固な古典的文体を通して、主人公の優柔不断な思考や言動の背後に、人間本来の弱さを正視し、同時に断罪しようとする語り手の厳しい倫理性を読み取ることができる。冷徹な自己分析の書として、また生の倦怠(けんたい)と愛のはかなさを説く初期ロマン派の代表作として、後世に与えた影響は大きい。女主人公エレノールには、スタール夫人の影が濃くさしているといわれる。
[工藤庸子]
『滝田文彦訳『アドルフ』(『世界の文学3』所収・1969・中央公論社)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…以後,余計者は形を変え複雑化して,チェーホフの主人公たちまで生きつづける。なお,西欧文学のコンスタンのアドルフ(《アドルフ》1816),ミュッセのオクターブ(《世紀児の告白》1836)は,ロシアの余計者の血縁である。【工藤 精一郎】。…
…とりわけルソーの書簡体小説《新エロイーズ》や自伝的な作品《告白録》がその代表とされる。恋愛を中心とする自己の感情の起伏や精神的苦悩を主人公に仮託して描く自伝文学は,ロマン主義文学の中でも主要な位置を占め,ゲーテの《若きウェルターの悩み》,シャトーブリアンの《ルネ》(1802),セナンクールの《オーベルマン》(1804),コンスタンの《アドルフ》へと継承され,ミュッセの《世紀児の告白》(1836)へと受け継がれる。この系譜の中からは,激変する社会の現実と自己の存在との乖離(かいり)を感じ,愛に満たされず何かを求め続け現実から逃避していく〈世紀病mal du siècle〉を病んだロマン派的魂の典型が浮かび上がる。…
※「アドルフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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