アントシアン(読み)あんとしあん(英語表記)anthocyan

翻訳|anthocyan

日本大百科全書(ニッポニカ) 「アントシアン」の意味・わかりやすい解説

アントシアン
あんとしあん
anthocyan

植物色素の一群で、赤、青、暗紫色などを呈する花や葉、果実などの色素のこと。ギリシア語のanthos(花)+cyanos(青い)の意味から命名され、花青素(かせいそ)ともよばれた。基本構造として2個のベンゼン環が3個の炭素で結ばれた炭素骨格をもち、フラボノイド色素群に含まれる。色素の本体(アグリコン)であるアントシアニジンと、これに糖が結合した色素配糖体であるアントシアニンの両方をあわせてアントシアンとよんでいる。植物細胞の液胞内に配糖体の形で溶けた状態で存在するが、多量に含まれると結晶、あるいは塊となって析出することもある。水に溶けて、酸性赤色となり、中和すると紫色に、微アルカリ性青色に変わる。これをまた酸性にすると赤色に戻るなど指示薬的な性質をもっているので、他の同じような色を呈するカロチノイド色素やベタレイン色素と容易に区別することができる。

 アントシアニジンは20余種が知られているが、これらに結合する糖の種類と数が千差万別なため、アントシアニンの種類はきわめて多い。また同じ色素配糖体でも、植物に含まれているときはかなり色調が違い、多様な色を示す。このような色調の変化の原因として、初めは液胞内の水素イオン指数(pH)によると考えられたが、液胞内のpHは多くの場合、弱酸性であることから、特殊の場合を除いては花の青色についてはこれだけでは説明がつかない。ツユクサの青色花やヤグルマギクの青色花などのアントシアンの研究から、液胞内ではアントシアニンはアルミニウムマグネシウムなどの金属と錯塩を形成し、さらにフラボン類などの他の物質と複合体をつくったりして、それぞれの花に特有の色調を発現していることがわかってきた。また花の表皮構造も花色に微妙な色彩の変化をもたらす重要な原因となっている。アントシアンは花では主として表皮細胞にだけ存在するが、秋の紅葉の場合には葉の葉肉細胞に主として生成する。秋になって気温が低下するとともに葉のクロロフィルが急速に分解し、それにかわってアントシアニン色素が目だつようになり、鮮やかな紅葉をつくり出す。しかし、ニシキギツリバナの紅葉や、春先に若葉が紅色になる場合は表皮細胞にだけ色素が局在している。

 色素の本体であるアントシアニジンは、ペラルゴニジン、シアニジン、デルフィニジンの3種の基本形に大別される。これに結合する糖にはグルコース、ガラクトース、キシロース、ラムノースなどがあり、種類も数もさまざまである。シダ植物には3-デオキシアントシアニジンが分布しているのが特徴である。

 アントシアンはきわめて不安定な物質で、押し花や切り花にすると容易に退色してしまうので、気密にしたり光を遮るなどして保存する。アントシアンは生体内ではフェニルアラニンと酢酸から合成されるが、最終段階の反応は液胞膜で行われると考えられている。アントシアンの生成にはいろいろの要因が関係していて、温度、光、窒素やリン酸の欠乏などの外部条件によって左右される。アントシアンの生理的役割についてはまだ明らかでないが、春先の若葉に一時的にアントシアンが生成するのは、アントシアンが紫外線を吸収して、その害から植物を保護するためであるといわれる。また秋の紅葉は老化の一つの側面と考えられる。

[吉田精一・南川隆雄]

『吉田精一・南川隆雄著『高等植物の二次代謝』(1978・東京大学出版会)』『石倉成行著『植物代謝生理学』(1987・森北出版)』『ジョセフ・アーディティ編著、市橋正一編訳『ランの生物学2』(1991・誠文堂新光社)』『農耕と園芸編集部編『バイオホルティ6 苗条原基と大量増殖 桃色花の育種』(1991・誠文堂新光社)』『清水孝重・中村幹雄著『概説 食用天然色素』(1993・光琳)』『長田敏行・内宮博文編『植物の遺伝子発現』(1995・講談社)』『横田明穂著『植物分子生理学入門』(1999・学会出版センター)』『大庭理一郎ほか編著『アントシアニン――食品の色と健康』(2000・建帛社)』『篠原和毅・近藤和雄監修、日本特産農産物協会編『大地からの健康学――地域特産と生活習慣病予防』(2001・農林統計協会)』『片山脩・田島真著『食品と色』(2003・光琳)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アントシアン」の意味・わかりやすい解説

アントシアン
anthocyan

植物の花,果実,葉,幹などに含まれる色素群。この色素は酸性では紅色,アルカリ性では青色を呈する。不安定であるので,実際にはいろいろの金属イオンと錯化合物をつくって存在し,花の赤,青,紫などの色の原因となっている。アントシアンはアントシアニジンおよびその配糖体アントシアニンを含めた呼び名である。アントシアニジンは2-フェニルベンゾピリリウムを基本骨格とし,数個のフェノール性水酸基をもっている。植物中では,これらの水酸基のいくつかがグルコース,ガラクトース,ラムノースなどと結合し,配糖体のアントシアニンとして存在する。 (→フラボノイド )

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