イスラムの中世最大の物理学者。バスラで生まれカイロで活躍し、その地で没した。主著『光学の書』Kitāb al-manāir(全7巻)を含む光学の研究で知られ、そこには、それ以前の光学に新しい研究や見解を、経験的事実に基礎を置いて導入しており、近代科学に共通する要素がみられる。
物体が見えるのは、太陽やその他の光源から出た光が物体に当たって反射し、それが目に入るという説を述べ、目の構造についても、水晶体が目の中央にあり、目の前方の球面に垂直に入ってくる光線はすべてこの水晶体に達するとした。また、目が物体を見分ける性質として、光、色、距離、形、大きさ、数など22の要素をあげている。ちなみに、水晶体、網膜、角膜などの目の部分の術語のほとんどは彼に由来する。
反射と屈折について、それを平面鏡だけでなく、球、円柱、円錐(えんすい)の形の凹面鏡や凸面鏡を使って実験し、いくつかの新事実を発見しているし、暗箱を初めて使用した。反射と屈折の理論を天文現象に応用し、「たそがれ」の時間を決めたり、地球の大気の高さ(10キロメートル)を測定している。『光学の書』は13世紀にヨーロッパに伝わり、大きな影響を及ぼし、16世紀に至るまでこの書を超える研究は出なかった。
[平田 寛]
ラテン名アルハーゼンAlhazen。数学と観察実験に秀でた物理学者。バスラに生まれ,ナイル川の水位を調節しうると称して,ファーティマ朝のカリフ,ハーキムに招かれたが,その不可能なことを知り,狂人を装って科学研究に専念した。カイロで没。物理学・数学・天文学・医学・哲学についてきわめて多くの著作をものした。中でも《視覚論》では,眼の解剖学的記述を行い,また反射光学や屈折光学の複雑な問題を解いた。この書物はラテン語訳されて西欧世界に伝えられ,R.ベーコン,ウィテロ,ケプラーなどに大きな影響を与えた。
執筆者:伊東 俊太郎
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…この時代には東はバグダード,ブハラ,ガズナ,西はコルドバ,南はカイロを中心に,アラビア科学が全イスラム的規模で百花繚乱と咲き乱れる黄金時代がつくられた。この絶頂期の科学は,ビールーニーとイブン・シーナーとイブン・アルハイサムによって代表させることができよう。この3人はそれぞれ異なった意味でアラビア科学の最高をきわめた。…
…パノフスキーは,中世的空間表現の基礎にはアリストテレスの不連続的な空間観念があったと述べる。技術的には中世人は透視図法を知っていた(10世紀アラビアの科学者イブン・アルハイサムの著作を通して12世紀に古代の透視図法の理論はヨーロッパに伝えられていた)が,神を絶対者とする中世の抽象的世界観は,自然界を客観的に描出することを必要としなかったと考えられる。ロジャー・ベーコンは《大著作(オプス・マユス)》(執筆1266‐68)で,古代とイスラム世界の技法を,神の調和的世界とその恩寵の遍在についての証明に利用している。…
…また,この時代には,眼球から視線が流出するとする説も多くの人々によって唱えられた。 古代におけるさまざまな理論は中世のアラビアに伝えられ,それぞれの支持者を見いだすことになったが,この学問に最大の寄与をしたのはイブン・アルハイサム(アルハーゼン)である。彼は光の本性から眼球の構造までを論じた《視覚論(光学)》を著したが,この中で日常的な観察に基づく議論を展開した。…
…
【人間と写真の歴史】
[写真の出現]
いわゆる〈写真術photography〉が発明される前に,カメラの原型に相当する装置はすでに存在していた。10~11世紀のアラブの学者アルハーゼン(イブン・アルハイサム)は,日食観測に用いた〈ピンホール〉利用の装置を,光学についての研究報告書のなかで明確に説明している。しかし彼自身の考案とは書いていないので,この装置はその前からよく知られていたものと考えられる。…
※「イブンアルハイサム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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