日本大百科全書(ニッポニカ) 「ウォルムス国会」の意味・わかりやすい解説
ウォルムス国会
うぉるむすこっかい
Reichstag zu Worms
宗教改革を唱えるルターを召喚した、皇帝カール5世即位後最初のドイツ国会。国会は1521年1月27日に開会されたが、とくに主要な議題となったのはルター問題である。皇帝の喚問に応じて、ルターが市民歓呼のうちにウォルムス市に到着したのは、4月16日であるが、次の日、彼は皇帝らの面前に出頭し、その教説の取消しを迫られた。彼は小考ののち、その翌日(18日)皇帝に対し決然と拒絶の返事をするが、その最後のことば、「聖書の証(あかし)によって、あるいは明白な理由と根拠によって納得させられない限り、私は取り消すことはできない。私はここに立つ。神よ、助け給え、アーメン」は有名である。ルターはウィッテンベルクへの帰国途上、ザクセン選帝侯によってワルトブルク城に保護され、聖書のドイツ語訳に専念することになる。他方、皇帝は同年5月ウォルムス勅令を発布して、ルターを明白な異端者と宣告し、彼の書物の焼却、援助の禁止などを布告、宗教改革はここにクライマックスを迎えた。
[瀬原義生]