イギリスの思想家、文学者。ブルガリアのルセでスペイン系ユダヤ人の家に生まれる。少年時代をヨーロッパ各地で送り、ウィーン大学で化学を修め、文筆生活に入る。1939年イギリスに亡命、以来ロンドンとスイスのチューリヒに居を構え、一貫してドイツ語で著作を発表した。1981年ノーベル文学賞受賞。
25歳で長編小説『眩暈(めまい)』(1935)を執筆。万巻の書に埋もれ、現実から孤立する中国学者を主人公に、知識人の無力と小市民層に潜む権力欲を雄勁(ゆうけい)な筆法で描いたこの大作は、時代の趨勢(すうせい)からほとんど注目されずに終わったが、第二次世界大戦後、英米仏で広く読まれてドイツに逆輸入され、20世紀ドイツ語文学の代表作と目される。『眩暈』に先だつ1925年に想を得たライフワーク『群衆と権力』(1960)は、神話、宗教、歴史、人類学、伝記、精神病学などに関する膨大な文献を駆使する。しかもいかなる専門科学の方法にも依拠せぬ独創的洞察によって、死という「力の場」で演じられる群衆と権力の相互作用のメカニズムを人類史の総体のなかで解明した大著。また1971年に自伝の執筆に着手。第1部『救われた舌』(1977)、第2部『耳の中の炬火(きょか)』(1980)、第3部『眼の戯れ』(1985)は、自己形成にかかわる多くの故人を言語によって再生しようとする情熱に支えられた明晰(めいせき)な散文である。自伝が芸術作品の価値を主張できる例証として彼の代表作となっている。ほかに『戯曲集』(1964)、モロッコ紀行『マラケシュの声』(1968)、カフカ論『もう一つの審判』(1969)、断想集『人間の地方』(1973)、性格スケッチ集『耳証人』(1974)など。
[岩田行一 2015年2月17日]
『岩田行一訳『群衆と権力』上下(1971/新装版・2010・法政大学出版局)』▽『池内紀訳『眩暈』(1972/新装版・2004・法政大学出版局)』▽『岩田行一訳『救われた舌』(1981・法政大学出版局)』▽『岩田行一訳『耳証人――新・人さまざま』(1982・法政大学出版局)』▽『岩田行一訳『耳の中の炬火』(1985・法政大学出版局)』▽『岩田行一訳『眼の戯れ』(1999・法政大学出版局)』▽『ユセフ・イシャグプール著、川俣晃自訳『エリアス・カネッティ――変身と同一』(1996・法政大学出版局)』
1981年度のノーベル文学賞受賞作家。ブルガリア生れのスペイン系ユダヤ人。ウィーン大学に学んで1929年哲学の学位を取得し,同地で作家活動に入ったが,ヒトラーのオーストリア併合の年,38年に亡命してパリに出,翌年からロンドンに定住した。ただし著作活動はすべてドイツ語による。小説《眩暈》(1935)をはじめとして,かずかずの戯曲,エッセーがあるが,文化哲学的省察の大著《群集と権力》(1960)がライフワークの一つと目される。
執筆者:生松 敬三
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