カネッティ(読み)かねってぃ(英語表記)Elias Canetti

日本大百科全書(ニッポニカ) 「カネッティ」の意味・わかりやすい解説

カネッティ
かねってぃ
Elias Canetti
(1905―1994)

イギリスの思想家、文学者。ブルガリアルセでスペイン系ユダヤ人の家に生まれる。少年時代をヨーロッパ各地で送り、ウィーン大学で化学を修め、文筆生活に入る。1939年イギリスに亡命、以来ロンドンとスイスチューリヒに居を構え、一貫してドイツ語で著作を発表した。1981年ノーベル文学賞受賞。

 25歳で長編小説『眩暈(めまい)』(1935)を執筆。万巻の書に埋もれ、現実から孤立する中国学者を主人公に、知識人の無力と小市民層に潜む権力欲を雄勁(ゆうけい)な筆法で描いたこの大作は、時代の趨勢(すうせい)からほとんど注目されずに終わったが、第二次世界大戦後、英米仏で広く読まれてドイツに逆輸入され、20世紀ドイツ語文学の代表作と目される。『眩暈』に先だつ1925年に想を得たライフワーク群衆と権力』(1960)は、神話、宗教、歴史、人類学、伝記、精神病学などに関する膨大な文献を駆使する。しかもいかなる専門科学の方法にも依拠せぬ独創的洞察によって、死という「力の場」で演じられる群衆と権力の相互作用のメカニズムを人類史の総体のなかで解明した大著。また1971年に自伝の執筆に着手。第1部『救われた舌』(1977)、第2部『耳の中の炬火(きょか)』(1980)、第3部『眼の戯れ』(1985)は、自己形成にかかわる多くの故人言語によって再生しようとする情熱に支えられた明晰(めいせき)な散文である。自伝が芸術作品の価値を主張できる例証として彼の代表作となっている。ほかに『戯曲集』(1964)、モロッコ紀行『マラケシュの声』(1968)、カフカ論『もう一つの審判』(1969)、断想集『人間の地方』(1973)、性格スケッチ集『耳証人』(1974)など。

[岩田行一 2015年2月17日]

『岩田行一訳『群衆と権力』上下(1971/新装版・2010・法政大学出版局)』『池内紀訳『眩暈』(1972/新装版・2004・法政大学出版局)』『岩田行一訳『救われた舌』(1981・法政大学出版局)』『岩田行一訳『耳証人――新・人さまざま』(1982・法政大学出版局)』『岩田行一訳『耳の中の炬火』(1985・法政大学出版局)』『岩田行一訳『眼の戯れ』(1999・法政大学出版局)』『ユセフ・イシャグプール著、川俣晃自訳『エリアス・カネッティ――変身と同一』(1996・法政大学出版局)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カネッティ」の意味・わかりやすい解説

カネッティ
Canetti, Elias

[生]1905.7.25. ルセ
[没]1994.8.14. チューリヒ
オーストリアの作家。ブルガリアで,スペイン系ユダヤ人の家系に生れた。ウィーン大学卒業後,1938年パリに,翌年ロンドンに亡命。第2次世界大戦前は無名に等しかったが,近年再評価の機運が高まる。『めまい』 Die Blendung (1935) などの小説,『虚栄の喜劇』 Komödie der Eitelkeit (50) などの大衆心理を扱った一連の戯曲のほか,社会学研究の成果『群集と権力』 Masse und Macht (60) がある。 81年ノーベル文学賞を受けた。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

今日のキーワード

マイナ保険証

マイナンバーカードを健康保険証として利用できるようにしたもの。マイナポータルなどで利用登録が必要。令和3年(2021)10月から本格運用開始。マイナンバー保険証。マイナンバーカード健康保険証。...

マイナ保険証の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android