1919年製作のドイツ映画。ロベルト・ウィーネ監督作品。1920年代のドイツの〈表現主義映画〉の端緒となった名作。ある精神病院の患者の妄想の中で展開される奇怪な中世風の殺人事件を描く。戦場の体験を通じて絶対主義が最大の敵であると確信していたプラハ生れの詩人H.ヤノウィツと,前線で虐待されて軍隊と精神病医を憎悪していたオーストリア生れの脚本家C.マイヤー(1894-1944)の合作によるシナリオは,精神病院の院長であるカリガリ博士が象徴するドイツ帝制,国家権力の絶対主義を弾劾しようとする意図で書かれたものであった。しかし,ヒトラーが出現するまでのドイツ映画の黄金時代を築いた製作者E.ポマー(1889-1966)は,当初監督に予定されていたフリッツ・ラングに代えて二流の監督だったR.ウィーネ(1881-1938)を起用,シナリオの意図に反するプロローグとエピローグをつけ加えて,すべてが〈狂人の妄想〉にすぎなかったという構成にした。そのため,絶対主義と権威に対する告発者が〈狂人〉となり,カリガリが〈救済者〉に変わり,《カリガリからヒトラーまで》の著者S.クラカウアーのように,そこに狂人の独裁者ヒットラーに屈するドイツ国民のイメージを見たり,あるいは作品そのものが表現主義者の不安と思考の混乱を反映していると指摘する批評も出た。しかし,建築家のヘルマン・ワルムが中心になって作った幾何学的な構図や遠近法を無視した〈表現主義的な〉奇抜なセット,目の縁を隈取ったどぎついメーキャップ,眠り男チェザーレの黒いタイツや,カリガリ博士の巨大なシルクハットや誘拐されるヒロインのたなびくベール,といった視覚的に荒唐無稽なコスチューム等々の生み出す〈ファンタジーの芸術的な表現〉が話題になり,世界中でヒットした。また〈怪奇映画〉の歴史をひらくと同時に,その〈表現主義的な〉構図は,オーソン・ウェルズ監督の《市民ケーン》(1941)やアラン・レネ監督の《去年マリエンバートで》(1961)などに至るまで,大きな影響を及ぼしている。
→表現主義
執筆者:柏倉 昌美
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ドイツ映画。監督ロベルト・ウィーネRobert Wiene(1873―1938)。1920年作品。20世紀初頭ドイツでおこった表現主義を積極的に摂取した表現主義映画の代表作。曲線や斜線が異様に支配する構図、ゆがめられた遠近法、幻想的な照明効果、誇張された演技などの反リアリズム的要素から成り立ち、不安と混沌(こんとん)の内的イメージを強烈に主観描写した映画史上画期的な作品である。
原作者カール・マイヤーCarl Mayer(1894―1944)とハンス・ヤノウィッツHans Janowitz(1890―1954)は、眠り男ツェザーレを操って殺人事件を引き起こしていく主人公カリガリ博士の狂暴性を描き、戦争遂行者である国家を告発しようとした。しかし、映画化の段階で、すべては精神科病院患者の妄想であったというように改められた。ウェルナー・クラウスがカリガリ博士、コンラート・ファイトConrad Veidt(1893―1943)が眠り男を演じている。1921年(大正10)日本公開。当時の徳川夢声の名解説が語りぐさになっている。
[奥村 賢 2022年6月22日]
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…次いで1902年,フランスの奇術師G.メリエスがJ.ベルヌの空想科学小説から初の〈SF映画〉《月世界旅行》を完成した。 第1次世界大戦直後の19年,ドイツ表現主義映画の最初の傑作として名高いR.ウィーネ監督の《カリガリ博士》が,マッド・サイエンティスト(狂った科学者),その実験から生まれた怪物,怪物に襲われる美女という〈怪奇映画〉のパターンを創造した。さらに,フリッツ・ラング監督の《メトロポリス》(1926)は,表現派というよりも初の本格的SFスペクタクルであり,ロボットを作る実験室のエピソードや,バベルの塔建設の幻想などを,〈シュフタン・プロセス〉による特殊効果を駆使して描いた壮大な作品だが,興行的な失敗から製作会社のウーファを破産寸前に追い込んだ。…
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[怪奇映画の源流]
怪奇映画のもっとも古いテーマは,《フランケンシュタイン》と《ジキル博士とハイド氏》の二つの文芸作品から生まれ,いずれも1908年に映画化されているが,映画史的には,怪奇映画の源流は,第1次世界大戦直後に始まる〈ドイツ表現主義映画〉(表現主義)に発するというのが定説である。ロベルト・ウィーネ監督の《カリガリ博士》(1919)がその典型で,〈怪奇映画の真の青写真〉と呼ばれ,〈狂人博士―怪物―襲われる美女〉のパターンをつくった映画ともいわれている。次いでブラム・ストーカー原作《吸血鬼ドラキュラ》の初の本格的な映画化であるF.W.ムルナウ監督の《ノスフェラトゥ》(1922)が現れる。…
…だがそれは大衆が両義的だったと同様に,最初から通訳不可能な矛盾を内包したアンビバレンスを特徴としていた。ドイツ人の内的ジレンマを表出した怪奇幻想が,ドイツ表現主義映画を規定する基調音であるが,傑作《カリガリ博士》は,それをもっともよく代表している。そのうす気味悪い形姿はクラカウアーによってナチズムの抑圧的暴君体制を予言したものとされ,ゲイPeter Gay(1923‐ 。…
※「カリガリ博士」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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