おもにがんの組織を用いて、多数の遺伝子を同時に調べ、遺伝子変異の有無から個々の患者にとって効果の高い治療薬などを見極めて行うがん医療のこと。2018年(平成30)3月には国立がん研究センターが申請した「がん遺伝子パネル検査」を用いたがんゲノム医療が先進医療として認められ、2019年(令和1)6月からは検査費用が保険適用となった。
がん遺伝子パネル検査とは、個々の患者のがん組織の遺伝子異常を調べるもので、具体的にはEGFRやKRAS、BRAFなどがんの増殖に関わる遺伝子や、BRCA、p53などのがん抑制遺伝子、ALKなどの融合遺伝子など、数百のがん関連遺伝子を最新の次世代シークエンサー(DNAの塩基配列を自動的かつ高速に解読する装置)で検出し、報告されている遺伝子変異のデータベースと比較したり、臨床情報との対比や意義づけをすることによって評価し、遺伝子の変異を調べる。遺伝子の変異によって治療薬の効果は異なるため、検査を行うことで個々の患者のがんの特徴にあわせた薬剤の選択が可能となる。
2019年6月に保険適用となったがん遺伝子パネル検査は、現状では標準治療がない(希少がんなど)、または標準治療を終了している(終了見込みも含む)難治がん、原発不明がんなどの固形腫瘍の患者が対象となる。検査の種類によっては、非がんの細胞(白血球など)をあわせて採取し、遺伝子情報を得てがん細胞の遺伝子変化と比較することによって、がん病変に特有の遺伝子変化か、生まれもった遺伝子の変化(生殖細胞系列変異)があるかを知ることができる。検査では手術や生検などで採取されたがん組織を使用するが、組織の性質や保存状態、採取時期、検体の質などによっては検査結果が得られない、あるいは結果が得られても信頼性が乏しい場合がある。
がん遺伝子パネル検査を行うことで、がんの遺伝子異常を特定することが可能であるが、現段階では遺伝子異常がみつかっても、それに対応した適切な薬剤が存在しない、可能性のある薬剤が研究段階で入手できないケースもままある。これまでの研究では、効果が期待できる薬剤に結びつく可能性のある遺伝子変異がみつかったのは検査を受けた患者の半数程度、保険承認薬剤の使用や臨床試験・治験などへの参加などにより治療につなげられたのは1割程度となっている。遺伝子変異に対応した薬剤が開発中であったり保険承認前である場合は、その薬剤の臨床試験(治験)に参加するなどの方法も考えられるが、どのような患者を検査の対象にするか、検査の結果をどのように受けとめるか、検査を受けた患者のフォローアップをどのように行っていくかなど、課題も多く残されている。なお、がん遺伝子パネル検査を実施しても遺伝子変異がみつからなかった場合には、ほかの治療法が検討される。
がん遺伝子パネル検査では、家族性腫瘍(しゅよう)など、遺伝性のがんに関連する変異が検出される可能性もある。それらの情報をどのように患者や家族、血縁者に伝えるか(あるいは伝えないか)など、二次的所見に対する対応が求められる。遺伝カウンセリングを検査前や検査後に実施したり、詳細な家族歴聴取のうえで必要な検査や予防、フォローアップの方針についてのサポートが必要になる。なお、保険適用となるがん遺伝子パネル検査は、がんゲノム医療中核拠点病院、がんゲノム医療拠点病院、がんゲノム医療連携病院においてのみ実施可能である。
2019年時点で保険収載されているがんゲノム医療の実施の流れは大まかに次のようである。(1)実施を希望する患者に対し、がんゲノム医療中核拠点病院等の医療施設において、専門家が十分な説明を行い、患者の同意のうえで過去の組織検体を利用または新たに検体を採取する。(2)検体の遺伝子情報を解析し、患者の同意に基づいて臨床情報とともにその結果を「国立がん研究センターがんゲノム情報管理センター」(C-CAT)に送付する。(3)C-CATでは、保有するがんゲノム情報データベースとの照合をもとに、当該患者のがん治療に有効と考えられる薬剤の候補や臨床試験・治験情報などの情報をがんゲノム医療中核拠点病院等の専門家会議(エキスパートパネル)に返送する。(4)エキスパートパネルにおいて、C-CATの解析結果を踏まえて当該患者に最適な治療法が検討され、その内容をもとに、主治医を中心に、十分な説明のうえでゲノム医療が提供される。
なお、がんの発生リスクや生活習慣病に関連した遺伝子検査が可能であるとして、簡便かつ簡易な遺伝子検査キットが市販されている。市販の遺伝子検査の多くは、遺伝学や医学を専門とする医師の判断を経ることなく、結果やその解釈、意義づけや推奨される対応方針について、信頼性の評価がなされていないものがあるため注意が必要である。遺伝子検査を受ける場合には、がんゲノム医療中核拠点病院等の信頼できる医療機関かどうか、情報の保護について十分な対応がなされているかどうか、必要な場合に対面での遺伝カウンセリングを含めてサポートが受けられる体制が整っているかどうか、などについて慎重な確認が必要である。
[渡邊清高 2020年3月18日]