がんの遺伝子療法(読み)がんのいでんしりょうほう

家庭医学館 「がんの遺伝子療法」の解説

がんのいでんしりょうほう【がんの遺伝子療法】

◎遺伝子療法とは
◎がん遺伝子療法の実際

◎遺伝子療法とは
遺伝子療法の範囲と目的
 遺伝子治療は、もともと、特定遺伝子欠損(けっそん)していたり、遺伝子に異常があるために現われる先天的な遺伝性の病気に対して、正常な遺伝子を導入して治療することを目的に始められたものです。
 しかし、現在では、遺伝病だけでなく、むしろ、エイズなどの後天性難病に対する遺伝子治療の研究が広く進められ、そのうち世界で行なわれている遺伝子治療の研究の過半数以上が、がんを対象としているといわれます。
 1994年にだされた厚生省(現厚生労働省)の指針でも、遺伝子治療は「疾病しっぺい)の治療を目的として遺伝子または遺伝子を導入した細胞を人の体内に投与すること」と定義されています。これは、遺伝子それ自体を治療するのでなく、病気の治療に遺伝子を利用することを意味しており、今後多くの病気に広く適用されていくことが予測されます。
 ただし、がんの遺伝子療法の歴史は浅く、動物実験臨床試験による検討は、欧米を中心として各国で数多く始められていますが、実際の医療の場に導入されているのはまだほんの一部にすぎず、今後の可能性に大きな期待が寄せられている段階です。

◎がん遺伝子療法の実際
 現在、がんを治療するのに有望だとされて、臨床試験が進められている遺伝子導入のおもな方法を述べてみましょう。
ウイルスを使って遺伝子を導入する
 がん治療のために遺伝子を導入する方法は、2つあります。
 1つは、患者さんの細胞を体外に取り出し、試験管内で遺伝子を導入してその細胞を患者さんに再移植(さいいしょく)する方法で、もう1つは、遺伝子を直接患者さんの体内に注入する方法です。
 遺伝子を導入するには、レトロウイルスアデノウイルスのウイルス感染を利用したり、リポソームという脂質人工膜(ししつじんこうまく)によって遺伝子を運ぶ方法が、目的に応じて使い分けられています。とくに、細胞に入っていきやすいレトロウイルスの中にあらかじめ目的の遺伝子を導入しておき、このウイルスをベクター(運び屋)として、細胞に感染させることによって遺伝子を細胞に組み入れようという方法が、多く用いられています。
●期待される4つの遺伝子療法
 現在、試みられている遺伝子療法のおもなものを大きく分類すると、つぎの4つがあります。
 ①②は遺伝子をおもに体外で導入して体内に戻す方法で、③④は直接体内の細胞に導入する方法です。
①免疫遺伝子療法(めんえきいでんしりょうほう)
 がん遺伝子治療の主流となっている方法です。
 その1つは、養子免疫遺伝子療法(ようしめんえきいでんしりょうほう)といいます。がん組織中にあるTIL(腫瘍内浸潤(しゅようないしんじゅん)リンパ球)と呼ばれる免疫担当のTリンパ球だけを集めて取り出し、これにインターロイキン‐2(IL2)や腫瘍壊死因子(しゅようえしいんし)(TNF)というサイトカイン遺伝子を導入して、リンパ球の抗腫瘍効果を高めてやり、大量に培養(ばいよう)してから、体内に戻し、集中的にがん病巣を攻撃しようとするものです。
 また、腫瘍(しゅよう)ワクチン療法(りょうほう)といって、患者さんのがん細胞の一部を摘出し、サイトカインなどの遺伝子を導入して免疫力を高めた後、放射線などで能力をなくしてから体内に戻してやる方法があります。すると、そのがんに対する特異的な免疫が生じ、転移巣も含めたがん病巣を縮小・消失させるというものです。
 動物実験ではすでに効果が証明され、悪性黒色腫(あくせいこくしょくしゅ)や乳がんなどのがんで検討がなされています。
②骨髄保護療法(こつずいほごりょうほう)
 抗がん剤を長く使うとがん組織に耐性(たいせい)ができて、どの抗がん剤も効かなくなります。この耐性のもととなっている耐性遺伝子を逆利用して、正常な骨髄細胞に導入し、化学療法の際の抗がん剤の傷害作用から守ろうという方法です。
 造血幹細胞移植(ぞうけつかんさいぼういしょく)を行なっている乳がんや卵巣(らんそう)がんでの応用が検討されています。
③自殺遺伝子療法(じさついでんしりょうほう)
 人体には存在しないある遺伝子をがん細胞に直接導入し、これにプロドラッグ(体内で代謝されて強い毒性を生じる薬剤)を投与します。すると、遺伝子のつくり出す酵素(こうそ)によって毒性をもったプロドラッグが、がん細胞を死滅させるというものです。脳腫瘍(のうしゅよう)などである程度の効果が認められています。
④がんの遺伝子異常を標的にする療法
 発がんの原因となるがん遺伝子(センスDNAやメッセンジャーRNA)のはたらきを抑えたり破壊するために、がん遺伝子と配列が相補関係にあるアンチセンス遺伝子をつくり出して、がん細胞に直接導入する方法です。肺がんで検討されています。
 また、がんの発現を抑えるはたらきをもつがん抑制遺伝子が欠損しているとき、正常ながん抑制遺伝子をがん細胞に導入して治療しようとする方法があります。p53、Rbなどの遺伝子がその代表で、肺がん、大腸(だいちょう)がん、乳がん、前立腺(ぜんりつせん)がんなどが対象となっています。

出典 小学館家庭医学館について 情報

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