日本大百科全書(ニッポニカ) 「ギデンズ」の意味・わかりやすい解説
ギデンズ
ぎでんず
Anthony Giddens
(1938― )
イギリスの社会学者、社会理論家。ロンドン北部のエドモントンに生まれる。ハル大学で心理学、社会学を学んだ後、1961年にロンドン・スクール・オブ・エコノミックス・アンド・ポリティカル・サイエンス(LSE)で社会学修士号を取得。レスター大学で講師を務めた後渡米し、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の客員準教授となり、その後イギリスに戻り1970年ケンブリッジ大学で職を得る。1976年ケンブリッジ大学より博士号を取得し、1986年には同大学教授に就任し、1997年からLSEの学長(~2003)を務めた。その後同校名誉教授、ケンブリッジ大学キングズカレッジの終身フェロー。
1970年代以降の著作は三十数冊に及び、その理論は世界的に大きな影響を与え、40か国語以上に翻訳されている。影響力はアカデミズムの分野に限らず、マス・メディアのオピニオン・リーダーとしても知られ、1997年、労働党の政権獲得によるトニー・ブレアの首相就任の大きな理論的支柱である「第三の道」(旧来の左翼でもなく、新自由主義でもなく社会民主主義の再生をはかるというもの)を提唱し、ブレアの指南役として実際の政治にも深く関与した。
一連の著作はさまざまな主題を扱い多岐にわたっているが、年代別に以下のように整理できる。初期はマルクス、ウェーバー、デュルケームといった古典的社会理論と対峙(たいじ)し、その批判的検討と吟味を重ねたものが中心である。たとえば『資本主義と近代社会理論』Capitalism and Modern Social Theory(1971)、『ウェーバーの思想における政治と社会学』Politics and Sociology in the Thought of Max Weber(1972)といった著作がその代表的なものである。マルクスとウェーバーの階級理論を批判的に継承し、現代社会の階級構造を照射した『先進社会の階級構造』The Class Structure of the Advanced Societies(1973)も基本的にはこの系列に属するといってよい。
1970年代なかばを過ぎると、その後の理論社会学上の展開に大きなインパクトを与えた構造化理論を提起する。構造化理論とは、一方でシステムの構造を概念構築の中心におくパーソンズに代表されるような機能主義理論、マクロ社会学、客観主義(ギデンズの整理ではマルクス主義もこれに属する)と、他方で主体の行為を概念構築の中心におくシュッツの現象学的社会学、ガーフィンケルのエスノメソドロジーといった解釈学的社会学、ミクロ社会学、主観主義の二項対立を止揚することを意図したものである。彼によれば、構造と行為は本来対立するものではなく相互依存的なもので、社会システムの構造は行為を可能にする手段でもあり、また逆に行為の結果でもある。その代表的著作として『社会学の新しい方法規準』New Rules of Sociological Method(1976)、『社会理論の最前線』Central Problems in Social Theory(1979)があげられる。
1980年代以降は「近代とは何か」「近代社会から現代社会への転換はいかなるものであり、現代社会の歴史的位相とは何か」といった問いに答える著作が目だつようになる。たとえば、近代国民国家の特質を新たな視角から抽出した『国民国家と暴力』The Nation State and Violence(1985)、近代の帰結をリスクやアイデンティティといった概念を多面的に駆使しながら考察した『近代とはいかなる時代か?』The Consequences of Modernity(1990)といった一連の著作がその代表的なものである。なお1990年代以降は現代社会の重要な特質としてグローバリゼーションを重点的に考察するようになり、グローバリゼーションをリスク、伝統、家族、民主主義との関連で考察した『暴走する世界』Runaway World(1999)を刊行している。
[島村賢一 2018年7月20日]
『犬塚先訳『資本主義と近代社会理論――マルクス、デュルケム、ウェーバーの研究』(1974・研究社出版)』▽『松尾精文他訳『社会学の新しい方法規準――理解社会学の共感的批判』(1987・而立書房)』▽『岩野弘一・岩野春一訳『ウェーバーの思想における政治と社会学』(1988・未来社)』▽『友枝敏雄・今田高俊・森重雄訳『社会理論の最前線』(1989・ハーベスト社)』▽『松尾精文・小幡正敏訳『近代とはいかなる時代か?――モダニティの帰結』(1993・而立書房)』▽『佐和隆光訳『第三の道――効率と公正の新たな同盟』(1999・日本経済新聞社)』▽『松尾精文・小幡正敏訳『国民国家と暴力』(1999・而立書房)』▽『佐和隆光訳『暴走する世界――グローバリゼーションは何をどう変えるのか』(2001・ダイヤモンド社)』▽『アンソニー・ギデンズ著、今枝法之・千川剛史訳『第三の道とその批判』(2003・晃洋書房)』