日本で2000年(平成12)12月に公布、2001年6月施行された、クローン人間の産生を禁止するための法律。人クローン胚(はい)などを、ヒトまたは動物の胎内に移植することを禁止し、関連の発生操作研究を規制する。正式名称は「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」(平成12年法律第146号)。
[橳島次郎 2022年6月22日]
1997年2月、イギリスの研究所が、体細胞核を未受精卵に移植する方法でヒツジのクローン(特定のヒツジと同一の遺伝子配列をもつ個体)の産生に成功したと発表した。このニュースは、特定の人、たとえばヒトラーの複製人間もつくれるようになるのではないかと大きな危機感をもって迎えられ、欧米主要国はこぞってクローン人間産生を禁止する動きに出た。日本でも同1997年(平成9)9月、内閣総理大臣が議長を務める科学技術会議(現、内閣府総合科学技術・イノベーション会議)に国レベルで初めて生命倫理委員会が設けられ、翌1998年1月から2年近くの議論を経て、1999年12月に立法すべき事項を答申した。これに基づき科学技術庁(現、文部科学省)が2000年4月に法案を提出、同年秋の国会で審議され11月に可決、成立した。
[橳島次郎 2022年6月22日]
この法律の最大の特徴は、ヒトのクローン個体、ヒトと動物の交雑個体(ハイブリッド)、ヒトと動物の混ざったキメラ個体の産生に限ってとはいえ、日本で初めて、国が特定の科学研究を刑事罰(10年以下の懲役、1000万円以下の罰金)付きで禁止するという点にある。深いレベルで生命を操作する生命科学に対する不安を抑え、研究開発の適切な推進のための土台を設けることは、現代社会が直面する重要課題であり、その点でこの法律の成立を評価することはできる。しかしクローン技術規制法は、個体産生禁止を取り締まる方策として、その基になる胚をクローン・ハイブリッド・キメラ技術によって作製する9種の特定胚(ヒト胚分割胚、ヒト胚核移植胚、人クローン胚、ヒト集合胚、ヒト動物交雑胚、ヒト性融合胚、ヒト性集合胚、動物性融合胚、動物性集合胚)の研究について、文部科学大臣への届出制にし、法律に基づく指針で規制するとした。指針は所管の行政庁内の手続だけでつくれるので、人の生命を操作する研究の何をどこまで認めるかを、立法者の関与なしに、つまり主権者である国民の民主的な合意形成プロセスを経ずに、行政機関が随意に決めることになってしまう。この点でクローン技術規制法は、日本の科学政策上禍根を残す先例となるおそれがある。
[橳島次郎 2022年6月22日]
法施行後の2001年12月に告示された「特定胚の取扱いに関する指針」は、法律が届出対象とした研究のうち、移植用の臓器を動物の体内で育てるために動物性集合胚(動物の受精卵にヒトの細胞を混ぜて発生させる)を作製する研究のみを認める内容になった。作製した胚を人または動物の胎内に移植し個体に育てることは禁止された。
その後、まず2009年に、文部科学省は、人クローン胚作製研究を認める指針の改訂を行った。患者の細胞から人クローン胚をつくり、そこから胚性幹細胞(ES細胞)を作製して再生医療を実現するための基礎研究として期待されてのことだった。ただ2007年11月、クローン技術を用いずに、皮膚などの細胞からES細胞と同等の人工多能性幹細胞(iPS細胞)を作製することに日本の山中伸弥(しんや)が成功し、人クローン胚研究への期待は以前より低くなった。
次いで2019年3月には、動物性集合胚のヒト以外の動物の胎内への移植を解禁する指針の改訂が行われた。この改訂で、人の細胞から育った臓器をもつ動物個体を産生することができるようになり、移植用臓器の作製研究は、臨床応用に向けて一歩前進することとなった。同年中に、ネズミを用いる東京大学グループの研究と、ブタを用いる明治大学グループの研究が届け出られ、文科省から了承された。どちらも人のiPS細胞を動物の受精卵に入れ、膵臓(すいぞう)などの臓器を動物の体内で育てることを目ざす。ただこの方式では、人の細胞が動物の体内の想定しない部位(たとえば脳や生殖器官など)に混ざった交雑個体を生み出す危険があり、倫理的に問題となる。また動物固有の病原体が臓器を介して人に感染する可能性もある。臨床応用に進むまでには、こうした倫理面・安全面の問題をクリアできるかどうか、研究を積み重ねる必要がある。
さらに2021年(令和3)には、新たにヒト胚核移植胚の作製研究を認める指針の改訂が行われた。これは、国の指定難病で、根本的な治療法のないミトコンドリア病の研究のために必要と判断されたものである。ミトコンドリア病は、エネルギー産生をつかさどる細胞内小器官ミトコンドリアの機能の異常が原因で起こる。ミトコンドリアは母親の卵子由来のものだけが子に遺伝するため、ミトコンドリア病の発症を防ぐため、異常なミトコンドリアをもつ卵子または受精卵の細胞核を、細胞核を除去した正常なミトコンドリアをもつ別の卵子に移植し、発生させる方式が考えられた。卵子の核移植による出産はメキシコ、ウクライナなど海外で実施例があるが、指針の改訂で認められたのは、受精卵の核移植を行い、ミトコンドリアの機能などを試験管内で解析する基礎研究で、作製されたヒト胚核移植胚の人または動物の胎内への移植は禁じられている。しかし基礎研究が有効な治療法の開発につながらなければ、将来には、発症を防ぐ手段として核移植胚の胎内への移植の解禁も検討されるかもしれない。こうした卵子または受精卵の核移植の臨床応用は、父母に卵子の提供者を加えた「三人の親」をもつ子を生まれさせることになるので、倫理面で批判がある。また、生物学的な安全性も懸念されている。
以上のようにクローン技術規制法は、クローン人間づくりを防ぐという当初の目的から離れ、生命の発生を操作するさまざまな研究を公認していく仕組みとして運用されるようになっている。こうした運用が、科学面で適切かどうかをつねに検証するとともに、倫理面で民意とかけ離れたものにならないよう見守る必要がある。
[橳島次郎 2022年6月22日]
『橳島次郎著『先端医療のルール――人体利用はどこまで許されるのか』(講談社現代新書)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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