コアセルベーション(読み)こあせるべーしょん(英語表記)coacervation

日本大百科全書(ニッポニカ) 「コアセルベーション」の意味・わかりやすい解説

コアセルベーション
こあせるべーしょん
coacervation

等電点にあるゼラチン溶液に多量のアルコールを加えると凝結がおこるが、適量のアルコールを加えるとゼラチンは凝結せず、顕微鏡的もしくは肉眼的に観察しうる液滴が分離してくる。このように親水性コロイド溶液中で、コロイド粒子の水和の減少ないしは静電的要因により、分散媒から濃縮したコロイドゾルが分離してくる現象をコアセルベーションという。オランダのコロイド学者クリュイトH. R. Kruytとブンゲンベルグ・デ・ヨングH. G. Bungenberg de Jongの命名(1929)によるもので、層をなして堆積(たいせき)する意である。この際、コロイドに富む分離した相をコアセルベートcoacervateといい、これと平衡状態にあるコロイドに乏しい溶液を平衡液とよぶ。

 コアセルベーションをおこすゾルは、熱力学的には部分溶解の状態にあり、溶媒内の条件変化により媒液に対する親和性を減少した高分子が、分子内相互作用で折れ曲がり、さらに分子間相互作用によりしだいに濃縮されたゾルとして分離してくる。コアセルベートは、ゼラチン溶液とアルコール、ポリスチレンのベンゼン溶液とメチルアルコールなどから形成される単純コアセルベート、ゼラチンとアラビアゴムの水溶液のような2種以上の荷電粒子の接近による複合コアセルベートに分類される。単純コアセルベートの安定性は、液滴の境界面の表面張力によって決定されるが、タンパク質その他高分子物質の多成分複合コアセルベートでは、安定性の要因はきわめて複雑で、温度や水素イオン濃度(pH)など静電的因子のほかに、水素結合疎水結合なども関与する。コアセルベートは一般に流動性、光学的等方性、一定の内部構造、空胞発生などの特性を示し、色素により染色される。複合コアセルベートには力学的に堅牢(けんろう)な境界面をもち、ミセル状に配向した膜形成の認められるものもある。また、さまざまな界面現象、とくに物質の選択的吸着、取り込みがおこる。

 ソ連の生化学者オパーリンは、細胞原形質がコロイド化学的に多成分コアセルベートであることから、1935年、地球上の生命(単細胞生物)の発生過程をコアセルベーションにより説明した。とくに始原海洋の物質構成、イオン、高分子コロイド、pH、温度などがコアセルベート形成の条件を満たしうること、1%のゼラチン溶液でもおこるように、低濃度の高分子有機物質の常温での濃縮手段としてきわめて効果的であることなどをその裏づけとしてあげている。実際に試験管内でも、細胞モデルとしてタンパク質、核酸、多糖類、脂質、無機塩などを含むさまざまな多成分複合コアセルベートをつくることが可能である。さらに、活性ある酵素を含むコアセルベートの生成にも成功している。また、一つの液滴中に別の小液滴を包含する二重コアセルベートも形成しうるが、これは細胞核あるいは細胞質諸顆粒(かりゅう)の形成を説明するものであるという。

[入江伸吉]

『A・I・オパーリン著、石本真訳『物質▼生命▼理性』(1979・岩波書店)』

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