日本大百科全書(ニッポニカ) 「コビルカ」の意味・わかりやすい解説
コビルカ
こびるか
Brian Kent Kobilka
(1955― )
アメリカの医学者、分子生物学者。ミネソタ州生まれ。1977年ミネソタ大学で生物学、化学で学士号、エール大学医学部に進み、1981年に医学博士号を取得した。その後、ミズーリ州セントルイスにあるワシントン大学メディカル・センター傘下のバーンズ病院(現、バーンズ・ユダヤ病院)で内科の研修医として研鑽(けんさん)を積んだ後、1984年にデューク大学メディカル・センターの教授ロバート・レフコウィッツの研究室で博士研究員として、アドレナリンが作用する「β(ベータ)2アドレナリン受容体」の研究を始めた。1989年、スタンフォード大学医学部助教授に就任し、新たに分子細胞生理学研究室を発足させた。2000年から同大学医学部教授。1987年から2003年までハワード・ヒューズ医学研究所研究員。
レフコウィッツの指導のもと、本格的な研究を始めたコビルカは1986年に、遺伝子組換え技術を駆使した細菌を活用し、当時、きわめて困難だった人間など哺乳(ほにゅう)動物のβ2アドレナリン受容体の遺伝子配列を同定した。これによって、受容体は、螺旋(らせん)構造のリボン状のタンパク質が、細胞膜の内と外を行ったり来たりして7回貫通する構造をもつことがわかった。二人は、β2アドレナリン受容体が、網膜にある光を感知するタンパク質「ロドプシン」と同様の構造をし、しかも細胞内にあるGタンパク質に作用して活性化させることを明らかにした。ほかにも同様の構造をもつ受容体を30種類以上みつけた。一連の受容体群は、細胞内のGタンパク質を活性化させることから「Gタンパク質共役受容体(GPCR:G protein-coupled receptor)」とよばれている。
スタンフォード大学に移ったコビルカは、X線結晶構造解析の技術を駆使し、GPCRの構造と機能の解明に取り組んだ。約20年間の試行錯誤の結果、2007年にβ2アドレナリン受容体の結晶化に成功した。GPCRに、ほかの結晶化しやすいタンパク質を遺伝子操作で導入してキメラ構造にすることで、困難だった結晶化に結び付けた。2011年には、結晶化の成果をもとに、β2アドレナリン受容体の詳細な構造を解明、実際に細胞表面や細胞内でどのようにシグナル伝達が行われるかの画像を撮影することに成功した。細胞の外でホルモンと結合した受容体は、細胞膜表面のすきまを少し広げ、そこにGタンパク質がくっつくことで、さまざまな反応が進んでいくという流れである。GPCRを活性化したり、抑制したりすることで、高血圧、狭心症、心疾患、潰瘍(かいよう)などに関連する病気の治療につながる創薬に役だてられると期待されている。GPCRは、人間では1000種類以上がみつかっており、このうち半分が嗅覚(きゅうかく)に関連するもので、3分の1は、ドーパミン、セロトニン、プロスタグランジン、ヒスタミンなどの高血圧、狭心症、心疾患、潰瘍などに関連する神経伝達物質やホルモンの受容体とされている。
1994年にアメリカ薬理学会のジョン・エーベル賞、2004年ジャービッツ神経科学研究者賞(アメリカ国立神経疾患・脳卒中研究所)を受賞。2011年アメリカ科学アカデミー会員に選出された。2012年、「Gタンパク質共役受容体(GPCR)の研究」で、恩師のレフコウィッツとノーベル化学賞を共同受賞した。2014年にアメリカ医学アカデミー会員、2015年アメリカ芸術科学アカデミー会員となった。
[玉村 治 2021年9月17日]