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細胞内情報伝達機構 さいぼうないじょうほうでんたつきこうsignaling

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

細胞内情報伝達機構
さいぼうないじょうほうでんたつきこう
signaling

細胞内情報伝達機構とは、細胞ごとに備わった遺伝情報と環境情報とを制御する情報処理装置のことで、いわば細胞のコンピュータである。セルシグナリング、細胞シグナリングともいう。[小泉惠子]

情報伝達のシステム

細胞の外からホルモン、神経伝達物質、および増殖因子などのリガンド(情報伝達物質)が、形質膜、細胞質あるいは核などに存在するそれぞれの受容体に結合すると、リガンドに依存して受容体が活性化される。活性化された受容体は情報を細胞内に伝達するためにセカンドメッセンジャー(第二の伝令物質)産生機構を活性化する。産生されたセカンドメッセンジャーは次の標的タンパク質に作用して、その機能を活性化あるいは不活性化させ、さらにそのタンパク質が次のタンパク質の機能に影響を及ぼすという具合に、次々とカスケード的(波状的)に反応が進行し、細胞外からの情報が細胞内へと伝達されていく。細胞周期、接着、運動、形態形成、分化、生存および死などさまざまな細胞機能がそれぞれ独自の情報伝達機構と互いのクロストーク(交差反応)を介して調節されている。
 情報伝達経路でもっともよく使われている因子として、GTP(グアノシン三リン酸)結合タンパク質、チロシンキナーゼ、MAPキナーゼ、イノシトールリン脂質および転写制御因子などがあげられる(キナーゼは、リン酸化酵素のこと)。[小泉惠子]

GTP結合タンパク質

GDP(グアノシン二リン酸)またはGTPが結合した細胞内タンパク質をGタンパク質とよぶ。Gタンパク質を介したシグナルの変換は、多種多様な情報伝達系でもっとも広範に用いられている機構である。Gタンパク質はGα(アルファ)、Gβ(ベータ)、Gγ(ガンマ)の三つのサブユニットからなる三量体(3分子の会合体)型と、分子量が2万~3万の単量体として働く低分子量Gタンパク質に分類され、両者ともGTPを結合した活性化型とGDPを結合した不活性型が存在する。受容体からの情報によりGDP結合型がGTP結合型に変換するとGTP結合タンパク質の構造に変化がおこり、その結果さまざまな標的タンパク質が結合して情報が伝達される。GTPがGDPに加水分解されると元の不活性型Gタンパク質に戻る。
 GTP結合タンパク質の変異はさまざまな疾患を引き起こす。たとえば、癌(がん)細胞で発見されたras遺伝子の変異は、rasタンパク質(ras遺伝子によりコードされているタンパク質で、GTP結合タンパク質の一種)が恒常的にGTPを結合した活性型として機能し、増殖シグナルを下流に伝え続ける原因と考えられている。[小泉惠子]

チロシンキナーゼ

チロシンキナーゼとはタンパク質のチロシン残基を特異的にリン酸化する酵素のことであり、受容体型(受容体自身がキナーゼ活性をもつ)と非受容体型(細胞質内に存在するキナーゼ)の2種に大別され、細胞の増殖および分化、ならびに免疫応答から神経機能の維持に至るまで高次の生理機能に関与している。2種類とも形質膜でのシグナルの変換とそれに続く細胞内情報伝達系の活性化を制御する酵素である。受容体型は主として増殖因子刺激によりそのキナーゼ活性が活性化され、その結果、自己リン酸化をおこし、リン酸化部位にさまざまな情報伝達因子が結合することにより情報が伝達されていく。非受容体型も同様に細胞外刺激により活性化されるが、C末端チロシンの脱リン酸化によって活性化されるという特有の制御系をもつ。[小泉惠子]

MAPキナーゼ(MAPK)

MAPキナーゼ(MAPK。マイトジェン活性化プロテインキナーゼ。タンパク質リン酸化酵素)は、真核生物に普遍的に存在するセリン、スレオニンキナーゼで、さまざまな外界刺激を伝達する重要な分子の一つである。哺乳(ほにゅう)類においては4種類のMAPKファミリー分子が存在し、それぞれが固有の情報伝達系で活性化され、細胞増殖、分化およびアポトーシスなどの調節機構に関与する。MAPKファミリー分子を不活性化するためのさまざまなホスファターゼ(フォスファターゼ)も存在する。MAPKの活性化には分子内の特定のスレオニンおよびチロシン残基がMAPKキナーゼ(MAPKK)によりリン酸化されることが必要である。MAPKKもMAPKKキナーゼ(MAPKKKあるいはMAP3K)により二つのセリン残基がリン酸化されることにより活性化される。MAPK、MAPKK、MAPKKKの三つのキナーゼからなる情報伝達のセットをMAPKキナーゼカスケードとよぶ。[小泉惠子]

イノシトールリン脂質

イノシトールリン脂質は、生体膜を構成しているグリセロリン脂質(グリセロールを骨格としてもつリン脂質の総称)の一種であり、リン酸化が可能な五つのヒドロキシ基をもつイノシトール環を結合していることが特徴である。ホスファチジルイノシトール(フォスファチジルイノシトールPI)のイノシトール環の4位と5位がリン酸化されているPI(4,5)P2はホスホリパーゼC(フォスフォリパーゼPLC)により加水分解されて二つのセカンドメッセンジャー、イノシトール三リン酸(IP3)とジアシルグリセロール(DAG)を産生する。IP3は小胞体表面にあるIP3受容体に結合し、小胞体内に貯蔵されているCa2+を細胞質に放出させ、Ca2+依存性の各種酵素を活性化させる。一方、DAGはプロテインキナーゼC(PKC)を活性化する。両方の系とも細胞を増殖の方向に導く。PLCはβ、γ、δ(デルタ)の三つのタイプに大別されるが、このうちβとγが外部からの刺激により活性化される。βはGタンパク質によって活性化され、γは主にチロシンキナーゼ型の受容体によって活性化される。細胞内情報伝達因子の一つとして注目を集めているPI3キナーゼはPI(4,5)P2を基質としてPI(3,4,5)P3を産生する。この酵素は二つのサブユニットからなるヘテロ(異型)二量体である。主にチロシンキナーゼ型受容体による情報伝達で活性化されるものとGタンパク質で活性化されるものに大別される。PI(3,4,5)P3の役割は多様で、種々のタンパク質リン酸化酵素の活性化、小胞輸送の調節、アクチン細胞骨格の編成の調節などにかかわっている。[小泉惠子]

転写制御因子

細胞外からの刺激により、さまざまな細胞内情報伝達機構が活性化されると、情報は最終的に核にもたらされる。そして、標的遺伝子群の発現が転写レベルで制御される。水溶性リガンド膜受容体からの情報は、各段階を経て転写制御因子の機能を調節することで標的遺伝子の発現を制御する。一方、脂溶性薬物やステロイドホルモン類の受容体は細胞質あるいは核内に存在し、受容体型転写制御因子として機能し、標的遺伝子の発現を制御する。[小泉惠子]
『秋山徹編『シグナル伝達がわかる』(2001・羊土社) ▽五十嵐靖之他編『マイクロドメイン形成と細胞のシグナリング――スフィンゴ脂質の新しい生物機能』(2003・共立出版) ▽山本雅他編『キーワードで理解するシグナル伝達イラストマップ』(2004・羊土社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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