改訂新版 世界大百科事典 「こゝろ」の意味・わかりやすい解説
こゝろ (こころ)
夏目漱石の中編小説。〈上・先生と私〉〈中・両親と私〉〈下・先生と遺書〉の三部構成。1914年(大正3)4~8月,東京・大阪の《朝日新聞》に連載。同年岩波書店刊。明治44年の夏,大学生の〈私〉が鎌倉の海岸で〈先生〉と知り合い,何か秘密を抱いた淋しい翳(かげ)のあるこの壮年の男にひかれていく。2人の心の交流の過程を,夏から秋,翌年の青葉の頃へと,めぐる季節の色調とともに静謐(せいひつ)で透明な文体で描く〈先生と私〉は美しい。この先生の秘密が,〈先生と遺書〉の書簡体で告白され,おりから明治天皇の〈崩御〉と乃木大将の殉死に衝撃を受けた先生が,親友Kを裏切って恋の勝利者となった青春の記憶に罪の意識を抱きつづけ,ついに〈明治の精神〉に殉じて自殺する。この結末で,漱石は自身の孤独と彼が生きた明治への運命的な一体感を暗示している。
執筆者:桶谷 秀昭
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報