日本大百科全書(ニッポニカ) 「ゴドウィン」の意味・わかりやすい解説
ゴドウィン
ごどうぃん
William Godwin
(1756―1836)
イギリスの無政府主義者。中流の熱心なカルバン派牧師の家庭に生まれ、幼少期から権威に対する徹底的な反抗心と精神の自由への要求を抱く。初め牧師となったが、まもなくフランス百科全書派の影響を受けて牧師を辞め、文筆活動に入った。以後、政治思想、小説、歴史、伝記などの分野で著作を行うが、1793年に出版した『政治的正義』An Enquiry concerning Political Justice, and its influence on General Virtue and Happinessで一躍有名となった。1797年、女性解放論者メアリー・ウルストンクラフトと結婚、女児(のち詩人シェリー夫人となったメアリー)をもうけたが、妻は産褥熱(さんじょくねつ)で死亡した。1801年の再婚後は出版業などを営んだが、経済的にも困窮し社会からまったく忘れられた存在だった。
主著の『政治的正義』では、人間の理性への全面的な信頼をベースに、各人が理性に従って利己心を滅却し、社会全体の利益促進のため行動すれば調和が生まれるし、そのような行動を正義だとしている。そして私有財産制度を、各人の個人的利益を最優先させるがゆえに否定し、私有財産制度を前提とする政府を、人類の無知と誤謬(ごびゅう)の産物として退ける。彼は未来に、独立した生産者である個人の小集団から構成される共産主義社会を構想し、各人の理性を啓蒙(けいもう)することによって政治制度は不要となり、紛争は非常設の陪審員が解決し、また結婚・家族制度も不要になる、と楽観的な理想社会を描き、オーエンらに影響を与えた。
[大木基子]
『白井厚訳『政治的正義(財産論)』(1971・陽樹社)』▽『白井厚著『ウィリアム・ゴドウィン研究』増補版(1972・未来社)』