フランスの首都パリの中心街にある大通り。セーヌ川右岸に近く,それと並行して1880mの長さをもつ。西端のド・ゴール(エトアール)広場から東に向かってゆるやかな坂となって下り,コンコルド広場に至っている。途中のロン・ポアン(円形広場)からは,芝生や庭園に囲まれた公園の様相を示す。西半分はカフェ,レストラン,劇場のほか,現在では大会社,ホテル等のビルが建つビジネス街になりつつある。この大通りはルイ14世治下(1643-1715)のコルベールの命令で初めて開かれたものであるが,18世紀末までは起伏の多い泥道で馬車の交通にも困難がともない,人通りが少なく,夜の通行にも不安があったほどだという。1800年でも,沿道の家屋は6軒を数えるのみであった。28年,街路の所有権が国から市に移ってから整備され,歩道や1200のガス灯とともに,カフェ,レストラン,劇場が建ち並ぶことになった。第二帝政期には,上流階級の邸宅も建ち,大通りの美しさが広く知られるようになった。
執筆者:喜安 朗
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フランスの首都パリ西部(第8区)の大通り。東はコンコルド広場から西はシャルル・ドゴール広場(旧称エトアール広場)に至る。長さ1880メートル、幅70メートル。マロニエとプラタナスの美しい並木が続く。中間点のロン・ポアン・デ・シャンゼリゼから東の700メートルには、セーヌ川の河畔を通るクール・ラ・レーヌとエリゼ宮のあるガブリエル通りとの間に幅広い緑地帯がある。南には1900年の万国博覧会のために建設されたプチ・パレ(美術館)とグラン・パレ(科学博物館)があり、北には劇場がある。ロン・ポアン以西は、かつては貴族の住宅が多かったが、多くの有名商店、レストラン、劇場、航空会社の営業所などが建ち並ぶ繁華街となっている。1664年コルベールの命により整地が始まり、1709年シャンゼリゼ(楽園の原の意)と命名され、1724年シャイヨー(エトアール)の丘まで遊歩道が開かれた。
[高橋 正]
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…またチベットその他の山中のいわゆる秘境が,〈山中楽園〉のイメージを添えて宣伝されることも少なくない。いっぽうパリの大通りシャンゼリゼは〈エリュシオンの野〉から由来しており,ギリシアの楽園神話にもとづく命名であるし,世界の各都市の歓楽街に〈エデン〉〈シャングリラ〉などのネオンがまたたく光景は,人間の楽園願望が不変であることを裏書きしているだろう。庭園天国ユートピア【川崎 寿彦】。…
※「シャンゼリゼ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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