日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
シラノ・ド・ベルジュラック(エドモン・ロスタンの戯曲)
しらのどべるじゅらっく
Cyrano de Bergerac
フランスの劇作家エドモン・ロスタンの五幕韻文戯曲。1897年、コクラン主演、パリのポルト・サン・マルタン座で初演されて大好評を博し、以来世界各国で上演されている。
時代は1640年、軍の幹部候補生の豪傑で大鼻の醜男シラノが劇場で武勇と反骨を発揮し権力に反抗する。その彼が、ひそかに恋する従妹(いとこ)ロクサーヌと菓子屋で会見、幹候隊の新人、美男のクリスチャンとの恋の仲介を頼まれて引き受けるはめになる。シラノは、無器用な色男に粋(いき)な文句を吹き込んで2人の密会を成功させる。彼女はシラノが代筆した手紙に感動し戦場へくるが、クリスチャンは戦死する。第5幕はその15年後。シラノは尼僧院に隠棲(いんせい)した彼女を毎週訪ねて慰めているが、その日、敵の陰謀に傷つきながらも定刻に現れ、ロクサーヌがことばの端に真相を見抜いたときは遅く、息を引き取る。実在した主人公シラノの心意気、詩才、博識、武勇を極端化してロマン的英雄を創造し、いまなお愛唱されている名文句が多い。
日本にも早くから知られ、1926年(大正15)1月、額田六福(ぬかだろっぷく)翻案の『白野弁十郎』として新国劇の沢田正二郎が初演。翻訳台本による本格的上演は52年(昭和27)文学座により行われた。
[岩瀬 孝]
『『シラノ・ド・ベルジュラック』(辰野隆・鈴木信太郎訳・岩波文庫/岩瀬孝訳・旺文社文庫)』
シラノ・ド・ベルジュラック(Savinien de Cyrano de Bergerac)
しらのどべるじゅらっく
Savinien de Cyrano de Bergerac
(1619―1655)
フランスの文学者。パリの小貴族の家に生まれ、軍隊に入るが、アラスの攻囲戦(1640)で重傷を負い退役する。哲学者ガッサンディの講義に列し、自由思想家(リベルタン)たちと交わる。作品としては、悲劇『アグリピーヌの死』(1654)、モリエールに想を与えたといわれる『衒学者愚弄(げんがくしゃぐろう)』(1654)、トマス・モア流のユートピア小説『月世界旅行記』(1657)および『太陽世界旅行記』(1662)のほか、フロンドの乱の際の、宰相マザラン誹謗(ひぼう)文書などがある。
なお彼の実像は、エドモン・ロスタンの韻文劇『シラノ・ド・ベルジュラック』(1897)によって、巨大な鼻の魁偉(かいい)な風貌(ふうぼう)のなかに、繊細な詩魂を秘めた心優しい剣客として多分に伝説化された。
[渡邊明正]
『有永弘人訳『日月両世界旅行記1・2』(岩波文庫)』