日本大百科全書(ニッポニカ) 「セイラー」の意味・わかりやすい解説
セイラー
せいらー
Richard H. Thaler
(1945― )
アメリカの経済学者。経済学に心理学の要素を取り入れて考察する行動経済学の理論的権威として知られる。アメリカのニュー・ジャージー州イーストオレンジ生まれ。1967年にアメリカのケース・ウェスタン・リザーブ大学を卒業し、アメリカのロチェスター大学で1970年に修士号、1974年に博士号(PhD)を取得した。ロチェスター大学やコーネル大学で教鞭(きょうべん)をとった後、1995年にシカゴ大学教授に就任。2015年にアメリカ経済学会の会長を務めた。従来の新古典派経済学は、人間が利益を最大化するために合理的に行動することを前提としてきた。セイラーはかならずしも人間の行動が合理的ではなく、意思決定にゆがみ(バイアス)や市場に変則現象(アノマリー)をもたらすことを実証的に明示。そのうえで、人々に適切な情報を提供したり選択肢をくふうしたりする「ナッジnudge」(小さな誘導)を与えることで、経済行動をより合理的に変えることができるとの理論を構築・提唱した。ナッジ理論は、課税などの強制的政策ではなく、選択の自由を維持しながら人々の意思決定を誘導する「自由主義的介入主義(リバタリアン・パターナリズム)」であり、欧米の年金積み立て増や納税率引上げなどの公共政策に広く応用されている。行動経済学を開拓したダニエル・カーネマンらに続く、行動経済学の第2世代の代表的学者と位置づけられている。行動経済学を一般に啓蒙(けいもう)する著作でも知られ、おもな著書にThe Winner's Curse:Paradoxes and Anomalies of Economic Life(邦訳『セイラー教授の行動経済学入門』、ダイヤモンド社)、Misbehaving:The Making of Behavioral Economics(邦訳『行動経済学の逆襲』、早川書房)がある。2017年、「行動経済学への貢献」との理由でノーベル経済学賞を単独受賞した。
[矢野 武 2018年3月19日]