ダンピングのうち,低賃金や劣悪な労働諸条件にもとづいて行われるものをいう。第2次大戦前の日本貿易はこの典型といわれており,とりわけ1931年の金輸出再禁止以降の時期には世界的な問題となった。32年から37,38年にかけて世界の貿易は,大恐慌の打撃のなかでおしなべて停滞あるいは縮小の傾向をたどったのに対し,ひとり日本貿易のみは大躍進をとげ(1931年から37年にかけて本土貿易額は価額で2.8倍,数量でも2.1倍の伸びを示した),この輸出躍進はソーシャル・ダンピングによるものであるという非難が国際的に集中した。確かにこの時期の日本貿易の躍進は金本位停止による円為替相場の急速な低落に主導された側面が強かったとはいえ,労賃水準の切下げ,労働条件の悪化によるコスト低下のはたした役割を無視することはできない。〈植民地的低賃金〉とヨーロッパ並みの労働生産性をすでに恐慌前から実現させていた紡績業では,この時期実質賃金水準の切下げが継続的に進行し,同時に労働時間の延長,産業合理化の強行がおしすすめられた。この結果,紡績業の工賃は,当時の紡績会社の調査でも1週当り給与でイギリスの32%,アメリカの17%,1梱当り労賃でイギリスの42%,アメリカの27%へと下げられた(1933年2月富士紡調査)。重工業部門でも若年不熟練労働力の雇用増による労賃水準の低下が進み,下請工業の利用普及とあいまって生産コストの引下げがなしとげられた。日本商品の輸出競争力強化の一要因はここにあり,この時期の日本貿易躍進はいわゆる為替ダンピングとソーシャル・ダンピングが結合して実現されたのである。しかし,こうした形態による輸出の急激な拡大は,貿易相手国の関税引上げ,輸入数量規制等の対抗措置を次々にひきおこし,1930年代末には日本貿易は円ブロック圏内部へ集中,偏倚していくことになった。
→ダンピング
執筆者:伊藤 正直
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
劣悪な労働・社会条件によって生産コストを引き下げた製品を、他国に輸出、廉売すること。
[編集部 2022年10月20日]
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