翻訳|dumping
経費以下の価格で販売するという古くから行われた行為で,それが外国の輸出者によって行われるときには,輸入国で不当行為として規制されることが多い。輸出価格を動かさずに輸出国の為替相場を実勢相場以下に切り下げる為替ダンピングもある。
ダンピングの不当性を示す典型的ケースは侵略的ダンピングpredatory dumpingと呼ばれるもので,有力な企業が一定期間損失を負って廉価販売を続けて,競争相手を退出させた後で,価格をつり上げて独占利潤を得るというもので,私的独占禁止の理由で規制される。しかしこのような古典的ケースはまれである。今日のダンピング輸出は,政府の補助金を受けた輸出促進措置であったり,量産型生産で固定費用が大きく,平均費用以下の差別価格(国内販売価格より低い)で輸出しても,国内販売と合わせれば利潤を生みうるといったケースが多い。
1980年代に貿易摩擦が激化する過程で,輸入国でダンピング防止の提訴が頻発し,それと並行して輸出側に輸出自主規制を要求するというように,ダンピング提訴は保護貿易主義化の特徴的な現象となってきた。
GATT(関税・貿易に関する一般協定)6条は,ある商品の国内価格に販売経費・利潤の合理的マージンを加えた価格以下である輸出市場で販売し,かつそれが輸入国の競争産業に被害を与えた場合には,輸入国当局はダンピング幅を超えない金額のダンピング防止税を賦課することができるとしている。とくに輸出国政府の輸出補助金によってダンピング輸出が可能となったと判断される場合には,輸入国側では補助金を相殺する関税引上げ(相殺関税)を行うことができる。しかしこの規定は輸入国の産業の利害を中心に考えている。輸入国の消費者にとっては補助金によるにせよ,差別価格にせよ,廉価販売は歓迎すべきものである。もっとも輸入品と競争関係にある産業では輸入急増に対応して生産を縮小・調整するにはいろいろな困難が生ずるから,セーフガード(緊急避難措置)を発動して,一時的な輸入許可制などにより輸入急増を抑えることも正当化されよう。
従来各国ともダンピング防止規定はもっていても,それが実際に発動されたケースは少なかった。アメリカでもダンピング防止提訴されても,その2/3は財務省の調査段階で〈価格差なし〉と判定され,残りのうち関税委員会に付託されて〈被害あり〉として最終的にダンピング防止税が課されたケースはきわめて少なかった。ところが1960年代末から,〈価格差あり〉の認定を受け,さらに〈被害あり〉と判定されて防止税を賦課されるケースが増してきた。この裏には,ダンピング防止規定の運用が保護主義化してきたことが考えられる。そもそも価格とコストの認定は困難であり,国内広告費を含めるか否か等,多分に恣意(しい)的になりがちだからである。そしてこのようなダンピング防止提訴・調査と並行して輸出自主規制の打診がなされ,妥結が図られるケースがくり返された。
日本はこれまでもっぱら欧米市場でダンピング防止提訴を受ける側であったが,最近は日本国内で輸入品に対してダンピング提訴するケースも出てきた。1982年末に日本紡績協会が韓国産綿糸輸入に対してダンピング防止を,パキスタン産綿糸輸入を政府補助金を受けたという理由で相殺関税適用を訴えた。ダンピング防止,相殺関税とも日本で初めての提訴であった。政府はこれを受けて調査を開始したが,このうち韓国産綿糸については,韓国紡績協会が輸出自主規制を実施したため,提訴が取り下げられた。またパキスタン綿糸についてもパキスタン政府が輸出補助金政策を改めたので,調査は停止された。日本国内でも工業品輸入が増加するにつれて,ダンピング提訴が取りざたされるようになってきた。
執筆者:山沢 逸平
古くから各国においてさまざまな形でアンチ・ダンピング制度が実施されてきた。しかしアンチ・ダンピング制度の濫用は自由貿易の阻害要因となるため,現在ではGATTがアンチ・ダンピング・コードを定めており,加盟国はそれに基づく制度を定めている。
GATTの6条は,ある国から他国へ輸出される産品の価格(いわゆる輸出価格)が,輸出国における消費に向けられる同種の産品の通常の商取引における比較可能の価格(国内販売価格)よりも低い場合をダンピングと定義する。国内販売価格がない場合は,第三国に輸出される同種の産品の通常の商取引における最高価格(第三国輸出価格)ないしは原産国における産品の生産費に妥当な販売経費および利潤を加えたもの(構成価格)よりも低い場合がダンピングとされる。GATTはすべてのダンピングを非難すべきものとはしておらず,輸入国の領域における確立された産業に実質的な損害を与えるかまたはそのおそれがある場合,輸入国における国内産業の確立を実質的に遅延させる場合のみを非難すべきダンピングとして,この場合にダンピング税を賦課することを認めている。
→ソーシャル・ダンピング
執筆者:来生 新
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
一般的には採算を無視した低価格で商品を投げ売りすることをいうが、厳密な意味では価格差別、すなわち国内市場と外国市場とで異なった価格で販売することをさす。国内価格よりは外国へ販売する価格が低いのが普通であるが、反対の場合もあり、これを逆ダンピングという。ダンピングが可能なのは、市場によって価格に対する需要の反応が異なること、また供給者が独占的支配力をもっていることによる。
[相原 光・秋山憲治]
ダンピングは一般に、散発的ダンピング、略奪的ダンピング、継続的ダンピングに分類される。散発的ダンピングとは、自国での売れ残り品およびたなざらし品などの過剰商品を、販売季節の終わりなどに、自国市場を損なうことなしに遠隔市場へ投げ売りすることである。略奪的ダンピングとは、外国市場へ進出するために一時的投げ売りによって競争者を征服したり、競争者の出現を阻止するために損失をしながらも販売を行うものである。それによって市場がいったん確保されると価格の引上げを行う。継続的ダンピングとは、生産者が一貫して外国市場で国内市場よりも安い価格で売る場合である。
また、価格差別という意味の厳密なダンピングではないが、為替(かわせ)ダンピング、ソーシャル・ダンピングとよばれるものがある。為替ダンピングとは、為替管理を行っている国が計画的に為替相場の大幅な引下げを実施して輸出価格を下げ、それによって輸出の拡大を図る場合をいう。ソーシャル・ダンピングとは、長時間労働や劣悪な労働条件・社会条件をもとに、生産能率に比べて賃金水準を低位に保つことによって安値輸出をしていることに対する非難のことばであり、かつてはソーシャル・ダンピングを日本ダンピングとよんだこともあった。これは、第二次世界大戦前、日本綿業が世界市場へ進出した時期に、イギリスの紡績資本家が用いたことばで、当時イギリスでは、自国よりも劣った労働条件で生産された商品の輸出をソーシャル・ダンピングと規定していた。しかし、一般に生産力と労働条件はほぼ比例するもので、低賃金で劣悪な労働条件は低生産性と結び付き、国際競争上高賃金・好労働条件の国がとくに不利になるものではないから、この非難はあたらないといえる。ただ、労働集約的商品の生産は先進工業国では衰退産業に属するので、後進工業国との競合を恐れて、自己防衛のためにソーシャル・ダンピングという非難を浴びせるのが実情である。
[相原 光・秋山憲治]
外国のダンピングによって国内産業が損害を被るのを防ぐためにはダンピング防止(関)税が用いられる。第二次世界大戦後ダンピングに関する国際的規制については、ガットおよびその後身のWTO(世界貿易機関)が通常の関税に上乗せできる特殊関税制度を設けており、各国はこれに基づいて国内法で課税制度を規定している。
ダンピング防止税を発動するには、ダンピングによって国内企業が損害を受けたことが明らかにされなければならない。しかし、その損害の判定については各政府当局の裁量の入り込む余地がある。また、不況時には、ダンピング調査の頻度も多くなり、場合によっては、暫定反ダンピング関税がかけられたり、調査の結論が出る前に、調査を受けた企業が輸出の自粛を迫られたりして、当該企業に不利な影響を与える傾向がある。ダンピングの防止措置については、WTOのガット第6条と「アンチ・ダンピング協定」の国際ルールが規定されており、またアンチ・ダンピング委員会が年2回開かれ、各種の問題が検討されている。
[相原 光・秋山憲治]
『油本豊吉著『貿易政策大系』増補版(1963・弘文社)』▽『日本貿易振興会編・刊『米国のアンチ・ダンピング』(1973)』▽『経済産業省通商政策局編『不公正貿易報告書』各年版(経済産業調査会)』
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ダンピングとは,一般的には不当廉売のことであるが,アンチ・ダンピング法とは,国際的に行われる不当廉売行為の禁止を内容とする法律である。現在,アンチ・ダンピング法は多くの国々において施行されているが,重要なものとしては,世界に先がけて1916年に制定されたアメリカのアンチ・ダンピング法,EU(ヨーロッパ連合)のそれ,カナダ,オーストラリアのそれ,および日本の関税定率法における不当廉売関税の規定などをあげることができるであろう。…
…ダンピングのうち,低賃金や劣悪な労働諸条件にもとづいて行われるものをいう。第2次大戦前の日本貿易はこの典型といわれており,とりわけ1931年の金輸出再禁止以降の時期には世界的な問題となった。…
※「ダンピング」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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