ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ツィンマーマン」の意味・わかりやすい解説
ツィンマーマン
Zimmermann, Wilhelm
[没]1878.9.23. バートメルゲントハイム
ドイツの歴史家。急進的自由主義者で,エンゲルスの『ドイツ農民戦争』 (1850) の土台となった主著『ドイツ大農民戦争』 Der Grosse deutsche Bauernkrieg (3巻,41~43) の著者として有名。三月革命に際してはフランクフルト国民議会に選ばれ,極左派に属したが,革命の挫折後まもなくウュルテンベルクで牧師となり,晩年にはビスマルクの統一事業を支持して『ドイツの英雄的闘争 1870~71』 Der deutsche Heldenkampf 1870-71 (71) のような同時代史を著わした。
ツィンマーマン
Zimmermann, Robert von
[没]1898.9.1. ウィーン
プラハ生れのオーストリアの美学者,哲学者。 1852年プラハ,61年ウィーンの各大学教授。ヘルバルト学派の実在論的形式主義の立場に立ち,形式学としての一般美学を主張した。主著『哲学としての美学の歴史』 Geschichte der Ästhetik als philosophische Wissenschaft (1858) ,『形式学としての一般美学』 Allgemeine Ästhetik als Formwissenschaft (65) ,『哲学および美学の研究と批判』 Studien und Kritiken zur Philosophie und Ästhetik (2巻,70) 。
ツィンマーマン
Zimmermann, Domenikus
[没]1766.11.16. ウィース
南ドイツのロココ建築家。スタッコ職人として修業し,画家である兄のヨハン・バプテスト (1680~1758) としばしば協力した。メーディゲンの修道院聖堂 (16~18) を建ててから建築家として活動したが,スタッコ職人としての仕事もやめなかった。シュタインハウゼンの巡礼聖堂 (28~31) で完全なロココ様式の聖堂建築を造り上げ,ギュンツブルクのフラウエンキルヘ (36~41) では長方形平面,ウィースの巡礼聖堂 (45~54) では長方形と楕円形を組合せ,すぐれたスタッコ装飾で独創的な空間を生み出している。
ツィンマーマン
Zimmermann, Bernd-Alois
[没]1970.8.10. ケルン
ドイツの作曲家。フォルトナーとレイボビッツに学び,1950年ケルン大学で音楽理論の講師,58年ケルン音楽大学の教授に就任。表現主義的な作風によって知られる。管弦楽,室内楽の諸作品のほか,放送音楽の作品も多い。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報